フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
26 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(156)
鶴岡次郎
2014/04/17 (木) 13:21
No.2507
佐王子に反論しようと浦上は思ったのです。しかし、彼の言う通り、千春にはどこにも陰が見当た
らないのです。売春というみじめな稼業を4年も続けていた女の陰がどこにも見当たらないのです。
それどころか、今を盛りに咲き誇る女の魅力を満々と湛えて、毎日を楽しんでいるのが良く判るの
です。浦上は黙って佐王子を睨み付けているだけでした。

「それにね・・、
あなたは何か勘違いをしているようだ・・・
あなたは、千春との関係に口を出すなと言っているが・・・・、

俺の女に手を出したのは・・・、
浦上さん・・・、
それは・・、あなただよ…」

一転して笑みを消し、鋭い視線を浦上に向けました。浦上がはっとして身構えています。

佐王子の突き刺すような視線を浴びて、浦上は全身が金縛りにあったような気分で、視線を外すこ
とも、言葉を発することも出来なくなっていました。取っ組み合いになれば、小男の佐王子を難な
くねじ伏せることができると思っていた自信は吹き飛んでいます。背筋が寒くなるような殺気さえ
浦上は感じ取っていたのです。どうやら佐王子がその本性を見せ始めたようです。

「俺の女を寝取っていながら、俺に向かって、
平然として、二人の関係に口を出すなと言っている・・・。
俺のことを素人でないと判っていながら、俺に歯向かっている・・。
浦上さん・・、あなたの、その勇気は認めるよ…。

しかしね・・、よく考えてほしいのだよ…、
本来なら、あなたはボコボコにされても、文句が言えないのだよ、
浦上さん…、あなたは俺の女を寝取ったのだからね・・・・」

抑揚のない、低い声で佐王子は語っています。浦上の知らない修羅場を何度もくぐってきた男だけ
が持つ不気味さを存分に見せつけながら佐王子は笑みさえ浮かべて話しているのです。浦上はただ、
黙って聞いていました。逃げ出さないで佐王子の話を聞いている・・、そのことだけ取り上げても、
浦上はよくやっているとほめてやりたいと思います。並の男ならとっくに逃げ出しているでしょう。

「俺は大人しく話し合うつもりでここへ来たんだよ・・、
その俺に向かって、口を出すなとあなたは言っているのだよ・・、
これは誰に聞いてもらっても、あなたが間違っていると言うだろうね…・

浦上さんが認めているように、俺が先に手を付けて、
千春は今では俺の女になっているのだよ、
俺の女に手を出した男に、俺が文句をつけるのは当然だろう・・
頭の良い浦上さんならこの道理が判るだろう・・・・・・」

ゆったりとした口調で、笑みをたたえて、それでもすさまじい殺気を迸らせながら佐王子は話して
います。さすがに怯えた表情を隠せませんが、それでもけなげに、浦上は目を逸らそうとはしませ
んでした。必死で睨み返しているのです。

言いたいことを言い尽くしたのでしょう、佐王子が口を閉じ、次の言葉を出そうとしないでじっと
浦上を見ているのです。今度は浦上が答える番です。そのことが判っていながら、浦上は口を開く
ことができませんでした。背中に冷たい汗が流れているのを感じ取りながら、浦上は必死で恐怖心
と戦っていました。

口がからからに乾き、舌が上あごに張り付いたようになっているのです。ゆっくりと右手を伸ばし、
テーブルの上のコップに指をかけました。震えているのが彼にも判ったのでしょう、コップを持った
手を持ち上げないで、しばらくじっとしています。そして、おもむろにコップを取り上げ、喉に冷
たい水を流し込みました。手の震えはかろうじて止まっています。