フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
23 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(153)
鶴岡次郎
2014/04/11 (金) 14:45
No.2504
10秒、30秒、・・60秒ほど浦上は黙ったまま男の顔を見つめていました。千春が心配して浦
上の顔を見上げるほど、彼の沈黙は続いたのです。佐王子はさすがです、浦上の強い視線を真正面
から受けても、視線をそらすことなく、表情を変えないで堪えているのです。やがて・・、ゆっく
りと浦上が口を開きました。

「お話をうかがわせていただきます・・。
貴方がご存知のことを全て、ありのまま全て話してください。
結婚を申し込んだのはそれなりの覚悟を決めての上です。
千春さんが私を受け入れたくない理由をしっかり確認したいのです」

姿勢を正し、しっかり男の顔を見て、浦上は明瞭な言葉で、それでいて静かな口調で返事しました。
表面上、浦上は完全に立ち直っています。彼の様子を見て、先ほどまで見せていた笑いの表情が佐
王子から消えています。

「千春を罠にかけたのが、4年前です・・。
その頃、彼女は入社4年目で、シュー・フイッターとして実績を重ね、
店内でも段々にその実力が認められるようになっていました・・」

ゆっくりと佐王子が語り始めました。その先の話の展開がわかるようで、さすがに千春は耐えがた
い表情を浮かべ面を伏せています。千春を見て浦上は少し心配そうにしていますが、案外冷静な表
情です。千春につらい思いをさせても、この機会に千春の過去をすべて知りたいと浦上は決めてい
るようです。

「当時千春が勤めていた店の恥を話すことになるので、これから話すことは、聞き流して記憶にと
どめないようにしてほしいのですが・・・・、

多分、浦上さんには想像もできないことだと思います、詳しい内容は省略しますが、当時、千春の
店では限られた数人の女店員がお色気サービスをして、靴の売り上げを競っていました・・」

どうやら千春は浦上との出会いを佐王子に話していない様子です。偶然、訪問した店で、千春のお
色気サービスを受けたことが縁で、浦上は千春と知りあい、結婚を申し込むまでに二人の仲が発展
したのです。こうした経験から浦上には佐王子の話はよく理解できました。勿論、お色気サービス
の内容を知っているとは浦上は言いません。

「千春のお客と私のお客は良く似た種族に属する方々で、金が有り余っていて、それでいてスケ
ベーな方々です。そんなお客から千春たちの店の噂を私が聞きだすのは時間の問題でした。

お客様方の噂話を聞いた私は、商売に使える女がその店にかなり居そうだと直感しました。早速、
その店を覗いた私は数人居る女性フイッターの中で際立つ女を見つけ出しました。それが千春で
す・・・」

そこで口を止め、佐王子はコーヒー・カップに口を添え、不味そうな表情を浮かべました。コップ
の中のコーヒーはすっかり冷めているのです。そうした動作の中でも視線は浦上から外さないので
す。浦上もしっかり佐王子の目を捉えています。

「私はあらゆる手を使って千春を誘惑しました。その結果、彼女は私に惚れ、いや・・、多分私の
カラダに惚れたのだと思いますが、とにかく、彼女は私の言いなりになってくれました。

勿論、私もそれなりに千春に大切にしました。しかし、私はプロの竿師です。何のわけなく女に惚
れることはありません。付き合うようになってしばらくしてから、千春に男を紹介しました。

私に溺れていた千春はいやいやながらも、あがらうことが出来ないで、私が宛がった男達に抱かれ
ました。それ以来4年、千春は表の仕事と並行して、私と一緒に裏の稼業を続けています・・・」

竿師の佐王子と関わった以上、堕ちるところまで堕ちた筈だと、浦上は千春の身の上を予想してい
たのです。予想通りの内容を聞いて、ビックリはしていませんが、その事実を改めて突きつけられ
て、浦上はひどく落胆していました。そして、激しい感情が浦上の中から湧き上がっていました。

浦上の落胆した様子と、吹き上がる感情の処理に耐えかねている浦上を見て、佐王子は複雑な表情
を浮かべ、千春は消え入りそうに恥じ入っているのです。おそらくこの時点で、佐王子と千春は三
人の話し合いはここで終わると観念していたのです。