フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
22 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(152)
鶴岡次郎
2014/04/09 (水) 16:25
No.2502

浦上とその男は硬い表情のまま初対面の挨拶を交わしました。浦上は社用の名刺を差し出したので
すが、その男は佐王子保と名乗り、名刺は持っていないと卑屈な笑みを浮かべて言いました。

「初対面早々で、失礼だと思いますが…、
佐王子さんのご職業を教えていただけませんか…」

一番気にかかっていることを浦上が素直に聞いています。佐王子が笑いながら答えました。

「浦上さん・・・、正直な質問ですね・・。
何者だろうと私のことをあれこれ考えておられるのでしょう・・、
本来であれば素人の方に正体を明かさないのがお決まりなのですが・・・・、

いいでしょう・・、
今日のところは、私の稼業を伏せていては、話が進みませんので、
何もかも、きれいさっぱり、お話しすることにします…」

やや芝居がかった口調で、もったいをつけています。浦上はぶぜんとした表情で佐王子を見つめて
います。

「あなたのように、何不自由のない家庭で育ち・・、
良い大学を出て一流商社にお勤めのお方はご存じないかもしれませんが・・、
私は・・・、竿師をやっています。
竿師ってご存知ですか・・・?」

「・・・・・・」

男の言葉にビックリして、男の顔を見て、そして千春の顔を見ています。千春の表情は変わりませ
ん。そうした話題が出ると覚悟をしていた様子で、千春は顔色も変えていないです。それでも固い
表情を保ったままです。

「女を騙して・・、騙すと言っても、口先だけでなく、私の身体で女を騙すわけです。
女が私の身体から離れられなくなった頃を見計らって、女から金を巻き上げるのです。
勿論、女に金がないと判ると、私のために働いてもらいます・・。

こんなことをやっているのが、竿師です・・・・」

勿論、聞きかじりですが、浦上も竿師のことはそれなりの知識を持っていたようです。そして、千
春と一緒にいる男が竿師だと判ると、全身が震えるほどの恐怖心と奈落にまっさかさまに落ちるよ
うな絶望感を抱いていました。

「そんな汚い仕事をしている竿師の私が千春と一緒にここへ来た・・。
どうして、千春と一緒にいるのか、
その先を聞きたくない・・、知りたくない・・と、
浦上さんは感じておられるのではないですか・・・」

ここで口を閉じ、笑みを浮かべたまま佐王子は浦上の表情を見ています。必死で心の中にある動揺
を隠そうと浦上は頑張っています。

「もし、このまま何も聞かないで帰るとおっしゃるのなら、
私は無理に引きとめません・・・・。
当然、あなたと千春の仲もここで終わり、私もあなたの前から消え、
ここでお会いしたことも含め、これから先も、一切関係がないことにします・・」

浦上の心の動揺をあざ笑うかのように、誘いの言葉をかけているのです。浦上にはほとんど佐王子
の言葉が聞こえていませんでした。必死で立ち直ろうと努めているのです。

「どうですか・・、浦上さん…・、
貴方が聞きたいとおっしゃるのなら、
私と千春の関係、そして、私が千春に何をしてきたか、
全て話したいと思いますが、どうされますか・・・?」

浦上は堪えました。この場を逃げ出せば全て終わりになり、千春を失うことにはなるが、これ以上
の被害は受けないのです。逆に、このままこの男の話を聞けば、どんな難題を吹きかけられるか
判ったものではないのです。それなりの金を要求され、ことがこじれれば、一流商社社員の身分さ
え危なくなる可能性が出てくるのです。