フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
21 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(151)
鶴岡次郎
2014/04/08 (火) 15:45
No.2501

彼女の側に座り、女の肩に右手を掛け、顔を覗き込みました。男の股間から千春の好きな強い香り
が立ち上がり女の鼻腔を刺激していました。

「だって・・、
こんな汚い女が、あの方のお嫁さんになれるはずがない・・・」

「お前・・、まさか・・・、
何もかも言ってしまったのか・・・?」

千春がゆっくり首を振っています。

「何も言っていない・・、
でも・・、何も知らない素人女とは思っていないと思う…
私…、ベッドでは何も隠さなかったから…、

いずれそのことがバレて、蔑まれ・・、捨てられる前に、
私から・・・、別れて欲しいと告げた。
別れる理由(わけ)は聞かないで欲しいとも言った」

「相手はそれで納得したの・・?」

千春がまた首を振っています。

「もう一度・・、会って欲しいと言っていた・・。
私は・・、会いたいけれど、もう・・・、会えない・・、

会えば、もっと離れたくなる・・・、
辛いの・・・、
だって・・・、どうしょうもないもの・・・・・」

そこで千春は大粒の涙を流し始めました。顎から落ちた水滴が裸の大腿部に落ちていました。


千春から別れ話を切り出され、とりあえずその場で結論を出すのは先延ばしにしたのですが、事態
は不利な状態であると浦上は覚悟していました。数日経って、ほとぼりがさめるのを待って、浦上
から連絡を入れるつもりだったのです。

ところが、あの日から2日後に、思いがけなく千春から連絡が入りました。電話の向うで他人行儀
な語り口で話す千春の声を、浦上は悲しい思いで聞いていました。彼女から連絡を入れてきて、話
がしたいと言って来たのは、決していい話ではなく、決定的な別れの言葉を告げるためだと浦上は
察知していました。

指定された時間より20分以上前に喫茶店に入ると、一番奥まった席に既に千春が来て待っていま
した。彼女の側に、浦上の知らない50歳程の男が座っていました。浦上の知らない種類の男、サ
ラリーマンではない雰囲気の男です。その男の持つ独特のオーラ、そして、その男にすべてを託し
て、寄り添うように座っている千春の姿を見て、浦上は奈落の底へ落ちるような絶望感に襲われて
いました。

〈・・・あの男は何者だ…、
どう見ても素人とは思えない雰囲気だが…
あの男が千春の愛人なのか・・・・・

そうだとすると…、
千春を取り戻すのは不可能かも…〉

普段、佐王子は目立たない、平凡な服装をしています。ところが今日は、紫色のカラーシャツに、
純白のブレザー、そして濃紺の細身のパンツ、白と紺のコンビの高級靴を身に着けているのです。
どこから見ても隙のないその筋のお兄さんの雰囲気を出しています。さすがに良く似合います。

佐王子を見て、浦上は完ぺきなまでに打ちのめされていました。少し残っていた千春奪還の希望を
浦上は完全に失っていたのです。