フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
2 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(132)
鶴岡次郎
2014/02/26 (水) 16:33
No.2481

千春の結婚

加納千春の物語は、一区切りまで、もう少し続くのですが、彼女の近状報告をする前に、ここらで今
まで語り続けてきた他の女たちのことを少し整理させていただきます。

何度か断片的に紹介しているのですが、フォレストサイドハウス(通称FSハウス)があるこの町
の概要を改めて説明したいと思います。

都心からメトロに乗って20分弱、メトロに接続した私鉄沿線にこの町は広がっています。駅前に
泉の森公園が広がっています、・・と言うよりは公園の側に地下駅の入り口が作られているのです。
したがって、通常の私鉄沿線駅前の様に、駅を中心にして商店街やマンションが立ち並んでいるわ
けではなく、公園の側に地下駅の入り口がひっそりと存在する。そんな光景です。

公園は一丁目一番地にあり、ここを中心にして町は東西にそれぞれ、西八丁目と、東八丁目まで市
街地が広がっています。本来ですと、土地番地を西二丁目とか、東四丁目と呼ぶべきところですが、
土地の人は西と東を省略して、単に二丁目とか、四丁目と呼びます。したがって、この町には二丁
目が二つ存在するのですが、土地の人は特に困っている様子ではありません。この物語でも特に問
題がある時以外は土地の習慣に従い二丁目とか、四丁目とか呼ばせていただくことにします。

公園の北側に隣接して、・・と言うより公園の敷地内に泉の森荘が建っています。この建物は公園
より、そして地下駅より、その建造歴史が古く、この周りが原生林に取り囲まれていたころから、
現在の位置に建っていたといわれています。この建物はいわゆる賃貸アパートで、その管理人夫妻
が美津崎一郎と愛です。美津崎夫妻と泉の荘の住人については先に紹介した作品「一丁目一番地の
管理人」を参考にしてください。 

泉の森公園は一辺が5キロメートルほどの正方形の地形で、その中央に地名の由来になっている泉
があり、一説では富士山からの流れ落ちた伏流水がここで湧き出ていると言われていて、今でもコ
ンコンときれいな水が湧き出ています。このわき水で出来た直径500メートルほどの池が、公園
の中央にあります。池の正式名はあるはずですが、土地の人はただ池と呼んでいます。

池の周りはうっそうとした原生林に取り囲まれていて、森の中を縦横に散策道路が走っています。
FSハウスは泉の森荘と公園を挟んだ対面の位置、公園の南側に片側二車線の道路を挟んで建って
います。

この物語の発端で、泉の森荘の管理人夫人、美津崎愛を訪ねようとして、公園内の散策路を歩いて
いた鶴岡由美子が公園のベンチに座っている初老の男性、佐原靖男に遭遇するのです。後で判った
ことですが佐原は大手生命保険会社の役員で、50歳過ぎですが、泉の森荘へ急ぐ由美子が思わず
足を止めるほどの魅力を持ったイケメンでした。

哀れを誘うイケメン佐原をそのままに捨て置けない由美子が声をかけると、彼女のやさしさと不思
議なオーラに動かされたのでしょうか、初対面の由美子に男の妻幸恵が失踪したことを告げたので
す。

根がおせっかいの由美子は妻に失踪された佐原の自宅を訪問することになります。佐原の自宅はF
Sハウス1613号室でした。由美子が佐原宅を訪問した時、偶然、隣室1614号室から出てき
た男性と、狭く、薄暗い廊下で肩を触れ合うほど接近したのです。その男はどうやら隣室の住人で
はなく訪問客のようで、男は由美子に気が付きませんでしたが、由美子はその男の顔に見覚えがあ
りました。男は昔チョットした因縁のあった竿師、佐王子保だったのです。

佐原の自宅を訪ねた由美子は幸恵の失踪した後のキッチン、居間、そして彼女の部屋を見て、幸恵
が拉致されたのではなく、自分の意志で家を出ていったことを察知していました。そして驚いたこ
とに、幸恵は佐原が勤めに出た後、何度か自宅へ戻っていることも分かったのです。

〈・・幸恵は自宅近所に身を潜めている。命の危険はなさそうだ、夫婦間の愛憎に絡んだ失踪かも
しれない、そして、幸恵の失踪には隣室に出入りしている竿師、佐王子保が何らかの形で絡んでい
る可能性が高い・・〉

由美子はそう断定していたのです。