フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
18 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(148)
鶴岡次郎
2014/04/03 (木) 11:21
No.2498

千春の必死の表情を見て、この場になっても千春が必死で隠そうとしている事実があるのだと浦上
は察知して、事態が最悪のシナリオで展開し始めたことを冷静に噛みしめていたのです。

〈そうか・・、やっぱり男がいるのだ、
それも人には言えない不倫の関係…、
問題は、その男にどこまでかかわっているかだ…〉

どうやら浦上はかなり出来る男のようです。予想した最悪の事実を突きつけられても、浦上は決し
て希望を失っていませんでした。どこかに抜け道があるはずだと考えを巡らせているのです。

〈お金だけの関係であれば、こちらにも勝算がある…、
しかし・・、心も体も男に惹かれているとなると・・、
厄介なことになるが・・〉

想像したように愛人がいる、それもかなり深い関係の男がいると浦上は受け止めていました。勿論
このことは彼の想定範囲内のことです。黙ったまま、平静な表情で千春を見つめているのです。

「三郎さんと初めて男女の関係を結んだ時、
いずれこの日が来ると思っていました。
最初から分かっていたのです。

でも・・、判っていても、止めることはできなかった…、
どうすることもできなかった…」

ここで女が顔を伏せ、肩を震わせて泣き出しました。男は言葉を発しないで、女の姿をじっと見つ
めていました。遅い時間ですから店内にはそれほどお客は多くないのですが、それでも千春が泣い
ている姿を見て、心配そうにこちらを見ている人もいました。

やがて・・、ゆっくりと千春が顔をあげました。頬は濡れていますが、涙は出ていません。決意を
固めた厳しい表情をしています。

〈ああ・・、
なんてきれいな顔なんだろう・・・、
ぼくは、千春を心から愛している…〉

男は・・、この場にふさわしくない・・、ここまでの経過をすべて忘れたように、魂を奪われた、
うっとりした表情で女を見つめていました。

「今日でお別れです・・。
お店にも・・、もう・・、来ないでください・・・。

これまで本当に楽しかった…、
幸せな時間をありがとうございました・・・・

これからは、街で会っても、互いに知らない関係です。
さようなら・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

涙も見せずこれだけのことを言ってのけました。浦上にそれ以上の追求をゆるさない、断固たる意
志を込めた表情です。この世の物とは思えない千晴の表情に取り込まれていた浦上は現実に引き戻
され、何も言えないで、ただ千春の顔を見つめていました。

〈きれいな顔をして、僕の息の根を止めるような言葉を吐いている・・・、
・・どうしてこんなに強く、僕を拒否するのだろう・・、
何かがあるはずだ・・、彼女をこんなにかたくなにする何かが・・、

今ここで、そのことを追及しても、彼女は絶対吐かないだろう…、
この場は、これ以上事態をこじらせないことが大切だ…〉

現実に戻った浦上の頭の中で、いろいろな考えが駆け巡っていました。結婚の申し出を断り、その
上、別れ話の理由さえ告げようとしないのです。何か・・、かなり異常な事実が女の態度をかたく
なにしている、そして今、女は普通ではない状態に居ると、浦上は判断していたのです。