フォレストサイドハウスの住人たち(その6)
16 フォレストサイドハウスの住人たち(その6)(146)
鶴岡次郎
2014/03/31 (月) 16:51
No.2496

千春自身、そんな感情を持て余しているのです。恋愛経験の乏しい千春はこの恋心をどこへ向ける
べきか、そして、何を目指すべきか、その方向を知らないで、ただおろおろと狼狽えているのです。
そして、毎回思うのは過去への後悔だけなのです。

〈もっと早く、三郎さんに会いたかった…、
いまさら繕ってみたところで、三郎さんは既に気が付いているはず、
出会った最初から、男のあそこを咥える女なんか、どこにもいない・・、

千人近い男を受け入れたアソコはいくら綺麗に洗っても、
元には戻せない・・、
こんな汚い女は三郎さんの側に居てはいけないのだ・・・〉

浦上を愛するようになると、彼を知るまでは苦痛でもなく、むしろ楽しい行為であった買春行為が
千春の気持ちに重く圧し掛かってきました。

前日、浦上に抱かれ、体のいたるところに彼の匂いが残っている状態で、客に抱かれるのもつらい
のですが、中年過ぎで絶倫のお客に弄ばれた翌日、巨根を受け入れた膣はまだ前日の痺れを記憶し
ており、お客の残した精液がその中に歴然と残っている状態で浦上を迎え入れる時、千春は全身が
震えるほどの罪悪感に襲われるのです。

「ああ・・、今日はダメ…、
すごく汚れている時だから、そこには口を付けないで・・
お願い…、済みません…」

いつもの様に浦上が局部に口を付けようとした時、千春は脚を強く閉じて、必死の表情を浮かべお
願いするのです。勿論男は笑みを浮かべて女の言葉に従います。もし、強引に男がそこに口を付け
ていれば、明らかに自分とは異なる他の男の匂いを浦上は嗅ぎ取ったはずです。

佐王子に事情を話せば、この商売から何時だって抜けることができるのを千春は知っているのです
が、あえて佐王子には何も話しませんでした。悩みながらも、千春は裏の商売を続けたのです。

浦上への罪悪感、背徳感、そしてその行為を続ける自身への嫌悪感、そんな感情に苛まれながら、
じっと耐え、千春はお客に抱かれるのです。最初は冷静に職業的な対応に努めるのですが、お客の
攻めが佳境に入ると、たぐいまれな性感を持つ千春ですから、心の在り方とは裏腹に、千春の体は
喜悦にもだえ、悦楽の愛液でじっとりと濡れるのです。

そして、ひと時の忘我の境地から覚めると、千春は絶望の奈落へ突き落されるのです。奈落の底で、
必死で生きる道を探っているその姿には、大罪を犯し、一身を神にささげると決めた修道女のよう
な雰囲気さえ漂よわせているのです。

客に抱かれることをなぜ千春は止めないのでしょうか、何がそれほどまでに彼女を売春稼業に駆り
立てるのでしょうか、おそらく、この質問を彼女に直接ぶつけても、彼女自身明快な答えを出すこ
とはできないと思えます。

ただ、千春は一人になるといつも次のように呟いているのです。そこには彼女が悩みながら自身の
体を汚す行為を続ける悲しい理由が語られているのです。

〈私のような女は、普通の結婚を夢見てはいけないのだ、
三郎さんの綺麗な気持ちを受け入れる資格がないのだ・・、

この仕事を続けていれば・・・、
いずれ三郎さんは私の正体に気付くはず、

三郎さん…、私から告白することはできないけれど、
早く・・、私の汚い姿に気が付いてほしい・・・・、
そして・・、口汚くののしって、私をボロ布の様に捨ててほしい…〉

どうやら千春がこの稼業を続ける一つの理由は、泥にまみれることで、浦上に傾きかけている自身
の気持ちに歯止めをかけることにあるようです。汚れた体をさらに汚して、その姿を最愛の男にさ
らす・・、千春の内面にそんな自虐的な屈折した感情が存在するようです。

そして、もう一つの理由は千春の体が、彼女の本性が、その家業を続けることを求めているからで
す。おそらく千春自身も気が付いていないと思いますが、セックスは千春にとって、麻薬のような
存在になっていて、お客に抱かれるその瞬間は、喜悦の中で、過去のことも、浦上と迎えるべき将
来の夢も、全てを忘れることができるのです。