フォレストサイドハウスの住人たち(その5)
29 フォレストサイドハウスの住人たち(その5)(129)
鶴岡次郎
2014/02/23 (日) 15:04
No.2475

セックス抜きの接客をするようになっても千春の売り上げは落ちませんでした。それまで以上に心
を込めて接客しましたし、それまではおざなりだった新商品の勉強も身を入れてやりました。その
結果シューフイッターとしての千春の腕は目に見えて向上しました。お客の評判も上々です。
 
〈一生この仕事をしたい…、日本一のフィッターを目指したい・・〉

そんな気分にさえ千春はなっていたのです

今日も、いつもの様にドアーを開け放したままのフイッテイング・ルームで接客をして、高級靴を
売り上げた千春は、お客を店の玄関まで見送りに出て、ホッとした表情をして店に戻ってきました。
この瞬間が千春たちにとって一番うれしい瞬間なのです。

お茶でも飲もうかと休憩室へ向かおうとした時、同僚である佐野亜紀が側に来て、千春の手をとって
休憩室へ引っ張って行きました。いつもと違って、亜紀の表情は何かを思いつめた様子です。この時
間、休憩室には二人以外誰も居ません。

「千春・・、聞いた・・?
店長が私達の素行調査をしているのを知っている・・・?」

ひそひそ声で亜紀が千春の耳側で囁いています。亜紀は千春と同年齢で、渋谷ギャル系のファッ
ションが似合う可愛い娘です。

「素行調査って・・・?
エッ・・、もしかして、あのことなの・・?」

「ウン・・、あのこと・・・、
お客と寝ていることよ・・
店長は探偵を雇って、私たちのオフ時間も調べているそうよ・・」

亜紀と千春はお客と寝ていることを互いに告白しあった仲です。

「エッ・・!
探偵を使っているの・・・」

驚いて問いかける千春に亜紀が深刻そうに黙って頷いています。

「どうしょう・・、亜紀・・、
店長は何処まで知っているの・・・?
私のことも知っているの・・?
どうしょう・・、クビになるかしら・・、困ったわ・・・」

初めて聞いたかのように、驚きの表情を隠さず、千春は次々と質問を投げ続けました。冷静に見
ると、千春の慌てようはわざとらしいのです。勿論、亜紀はそのことに気がつく余裕はありません。

「千春・・、落ち着いて・・、
私や、千春のことがバレたとは言っていない・・」

「そう・・、そうなの・・
私たちのことはバレていないのね・・・、良かった・・」

ホッとした表情で千春が笑みを浮かべています。しかし、その表情がすぐに厳しいものに変わりま.した。

「亜紀・・店長が探偵を使っているのをどこで知ったの…?
もしかして、誰かがホテルで遊んでいるところを現行犯で探偵に押さえられたの…?
それとも、店長が何かをつかんでいて、誰かを呼び出して注意したの?
そうでなければ・・・、ああ・・、判らない…

亜紀・・、その話を何処で聞いたの・・・?
亜紀・・、私達・・、これからどうすればいいの・・?」

うろたえた千春が矢継ぎ早に質問を発しています。さすがに、亜紀があきれた表情で千春を見てい
ます。

「千春!・・少し落ち着きなさい、
そんなに次ぎから次に質問しては返事ができない・・・

店長から直接聞いたわけではない、
誰も店長から呼び出しを受けていない、
たぶん店長は個別の名前までつかんでいないはず…、

探偵を雇っている話を、お客の一人が、今日私に教えてくれた・・
そのお客は、他のお客からその噂を聞いたらしいの・・」

「そうか・・、又聞きの噂話なのね・・、
お客様の間でそんな噂が広がっているのよ、きっと・・
そうだとすると・・、
亜紀が知っているほどだから、他の仲間も知っているはずね・・」

「ほとんど全員知っていると思う・・、
お客と寝ている子も、寝ていない子も、
皆、成り行きを、じっと見守っていると思う・・」

情報の発信元はお客の一人だと亜紀が語るのを聞いて、千春は内心にんまりしていました。疑わし
い店員の素行調査を店長が探偵社に依頼したとのうわさ話の発信元は千春自身なのです。千春がそ
の噂話を桜田に話したのはニケ月前です。噂話は人から人へ駆け巡り、こうして発信者の千春の元
へ戻ってきたのです。佐王子の狙い通りの筋書きで事が進展しているのです。