フォレストサイドハウスの住人たち(その5)
25 フォレストサイドハウスの住人たち(その5)(125)
鶴岡次郎
2014/02/11 (火) 17:00
No.2470

男を真正面から見つめて店長は笑みを浮かべています。しかしその瞳は鋭く光っているのです。並
みでない店長の迫力を感じ取り、男の顔から笑が消え、店長の顔をじっと見ています。

〈・・この店長・・・、
先ほどから素人とは思えないほど落ち着いている・・・。
何処から見ても、明らかに遊び人と見える俺に対応していながら、
恐れるどころか、俺を見下してさえいる・・。

そして、今見せているこの迫力・・、
今は大人しく店長に収まっているが・・・、
元をただせば、ただ者では無いだろう・・・

ここで無理押しをすれば、この店長のことだ、何を言い出すか判らない。
ほぼ目的は達成したことだし、おとなしく引き下がる時だ…」

店長の表情、態度から、男は自身と同じ匂い、それもかなり強い匂いを感じ取り、姿勢を正してい
るのです。

「こうした話は、酒の席でよく話題になるが、本当だったことが一度もない・・、
俺としたことが、そんな話に乗って、ノコノコ出てきたことが恥ずかしいよ・・

良く考えれば・・、これほどの名店で、
安キャバレーのようなおふざけが許されるはずがないのだ・・、
俺が甘かったよ・・。

知人から聞いた加納千春さんの話は全部忘れることにする。
勿論、知人にもそのことを良く伝えておく・・。

あの子・・、佐藤薫さんといったね、酷いことをしてしまった。
店長からよく謝っておいてほしい。
出来れば全て、忘れてほしいと伝えてほしい・・、
店長このとおりだ、今回のことは堪忍して欲しい・・」

男が深々と頭を下げ、店長がそれに応えて深々と頭を下げています。互いに相手の気持ちが良く
判っているようです。店の玄関まで男を送って行った店長が男の後ろ姿に深々と頭を下げていま
した。


その日、閉店を30分早めた店長は全店員を集め、今日発生したセクハラ事件を公表しました。

「佐藤君はお客様のセクハラ行為に堪えながら、騒ぎ立てることなく、やんわりとお客の手を振り
払い、私に電話をしてきた。この時点で、お客はまずいことになったと反省をはじめていたと思う。

私がヒヤリングすると、深く行為を恥じ、反省をしたお客はお見舞金を差し出し、佐藤君に謝りた
いと言い出すまでになっていた。

勿論、お客様のお気持ちだけはありがたくいただいて、お金は受け取らなかったが、反省を示した
お客様の気持を佐藤君が理解してくれて、そのお客を許すと言ってくれた」

店長は佐藤薫の勇気ある行動と、敏速な対応を絶賛しました。出席している店員全員が拍手をして
いました。

「はっきり言って、皆さんの技術プラス皆さんの魅力の両方がこの店の売りです。魅力のある皆さ
んですから、これから先も、何かとお客様が悪戯を仕掛けることがあると思います。その時は、お
客様を悪者扱いには出来ません、酷い事態にならないよう、やんわりと抵抗して逃げてください。

お客様が非常に魅力的であったり、あるいは皆さんの気持が異常に高ぶっていて、お客の誘いをあ
る程度までなら受け入れようと、限度を超える接待したいと思うことが起きるかもしれません。

お客様と淫らな関係を持つ事は、皆さんに限って、絶対ないと信じておりますが、店長の立場から
ひと言、注意しておきたいと思います・・・」

そこで言葉をとめて、店長は全員を見回しています。次に店長が何を言い出すのだろうかと皆が固
唾を呑んでいます。中でも、すねに傷を持つ店員達はまともに店長の顔が見られなくて、視線を床
に向けています。