フォレストサイドハウスの住人(その3)
19 フォレストサイドハウスの住人(その3)(63)
鶴岡次郎
2013/08/25 (日) 16:56
No.2394
「これが、私の秘密の全て・・」

加奈の反応を楽しむかのように、悪戯っぽい表情を浮かべて、加奈の顔を覗きこみながら悠里が
告白を終えました。抱えている大きな重荷を下ろしたように悠里はむしろすがすがしい表情をし
ています。一方、加奈は先ほどから言葉を発していないのです。いろんな感情と思惑が加奈の中
で凄いスピードで駆け巡っているのです。今の加奈には、何が正で、何が悪なのか、そのことさ
え判断がつかない状態のようです。

「今日・・、加奈に会うつもりでエレベータに乗った・・。
以前いつもこの時間加奈が出かけることを知っていたから、二、三度往復すると簡単に加奈に出
会えた。

加奈に会って、佐王子さんのことは告白するつもりでいたけれど、
売春のことを話すかどうか、最期まで迷っていた。
でも・・、加奈が佐王子さんの誘惑を振り切ったことを知って、加奈には全部話すべきだと
思った。もっと早く加奈に話していれば、ここまで身を落とすことにはならなかったと、少し後
悔している・・。」

「彼から逃げられないの・・・?」

「逃げ出したいと思うことは何度もあった・・。このことがバレたら、離婚は当然、主人や両親
を酷く傷つけることになると判っている。彼と別れようと何度も思ったし、そのことを彼に告げ
たこともある・・。彼は無理に引き止めなかった・・、でも、私が別れられなかった・・・」

「なぜ・・、どうして、悠里・・」

その訳が、判っていながら、加奈は質問しないではいられませんでした。

「主人に抱かれた時など、申し訳ない気持ちで一杯になって、その時は、今度こそきっぱり別れ
ようと決心していた。そして、彼が部屋に来ると、今回を最後にすると、彼にもそのことを告げ
、彼もそれを了承してくれた。

しかし、彼に抱かれると、身体が別れを受け入れてくれなかった。もう一度だけ、次に抱かれた
ら別れよう・・と、安易な逃げ道を選んでいた。そんな先送りを何度も繰り返し、今では、どう
にも抜け出せない地獄の入口へ入り込んでしまった・・。

加奈・・、私はダメな女なの、このまま奈落の底へ落ちる運命なの・・・」

「・・・・・・・・」

女の性に振り回されている悠里の悩みが良く判るだけに、彼女を責めることは勿論、慰めさえも
加奈は言えないのです。同じ立場に立てば悠里と同じことをする可能性が高いと、悠里の話を聞
きながら、加奈は自身の中に潜む、女の業を見つめる気分になっていたのです。

「悠里が別れたいと思えば、佐王子さんは手を引いてくれるのね・・?
それとも、写真とかで脅かされているの・・?」

別れられない理由は悠里の中にあると判っていながら、加奈は気休めの質問をしています。意外
なことに悠里がその質問に食いついてきました。彼女もまた彼女自身の中に潜んでいる女の性を
直視することが出来ないで、別の理由を探そうとしていたのです。

「写真・・・?
そういえば、彼・・、写真を撮っていて・・、
私が本気で逃げ出したら、近所にその写真をばら撒く心配がある・・」

「そのことで彼から脅かされたことはあるの・・・?」

「ううん・・、彼は何も言わない・・。
もし、本気で別れ話をするとその写真の存在が気になると・・、
私が一人で心配しているだけかもしれない・・・・

多分、彼はそんな非道なことはしないと思う・・・」

佐王子と離れられない言い訳に写真を持ち出したと悠里はあっさり認めています。佐王子と別れ
るつもりがないのです。勿論、そんな悠里の女心を加奈は見通していました。