二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
18 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人(18)
鶴岡次郎
2013/03/20 (水) 14:20
No.2333
男の幼さをあからさまに曝し、それでもけなげに微笑むイケ面の佐原を目の前にして、由美子の
気持は高ぶっていました。濡れてキラキラ光り、燃えるような光を放つ瞳を男に向けています、
抑え切れない女心が身体を燃やしているのです。おそらく欲情した時発散される由美子の強い香
気が佐原の鼻腔を刺激しているはずです。

歩いて数分の距離ですから、今日の由美子は自宅でくつろぐ普段着に買物バックを手にしてこの
マンションへ来ています。ミニのスカートに、白のブラウスをつけて、若草色のスプリングコート
を羽織ってやってきているのです。ソファーで意識的に高く脚を組んだ生足がほとんどパンテイ
まで見えそうになり、白のブラウスから、同色のブラが透けて見えます。

「幸恵が居なくなった当初はとても生活できないと絶望的な気持ちになっていたのですが、あれ
から三週間も経つと、それなりに生活できることが判りました。
勿論不自由なことを上げればキリが有りませんが、そんなものだとあきらめれば、何とか成るこ
とも判りました・・・」

ティー・カップを手に、佐原が眼を細めて清楚な中に、怪しい色気を醸し出している由美子の全
身を舐めるように見ています。由美子は勿論男の視線を意識していました。愛が急の発病で同行
できないと判った時、佐原と二人きりになる危険を予知できたはずです。それでも由美子は一人
でやってきたのです。そして、それなりの準備をしてきているのです。男に抱かれることを意識
して、出かけにシャワーを浴び、身体の隅々まできれいにして、派手な色彩を避けながらも大胆
なカットの下着や衣類を身に着けてきたのです。

由美子の真正面に座り、和やかに話していますが、次の瞬間、佐原が由美子の側に移動して、肩
に手を掛けてくることだって起こり得るのです。そうなれば、由美子は眼を閉じて、佐原の唇を
待つつもりなのです。

「・・何かが起きても、誰にも判らないよ、
余計な心配をしないで、予定通り佐原さん家(ち)へ行ってちょうだい・・」

愛は由美子にそう言ったのです。

「これが私一人で行くとなると、主人が心配して、とてもそんなことは出来ないけれど、由美子
さんなら大丈夫よ。ご主人は理解があるし、由美子さんが今まで積み上げてきた実績もあるし、
何かあっても誰も問題にしないよ。むしろ何かが起きた方が、由美子さんにとっても、佐原さん
にとってもハッピーよ・・・」

愛にここまで言われると、由美子はもう何も反論できませんでした。ただ、苦笑いして、佐原宅
を一人で訪ねることにしたのです。勿論、佐原が迫ってくれば、由美子は拒否しないつもりで、
密かに備えをしてきているのです。

しかし、ソファーに向かい合って座り、和やかにコーヒーを楽しみながら、由美子が全身の力を
抜いて潤んだ瞳を見せているにもかかわらず、佐原はそれらしい動きも気配も見せませんでした。
先ほどから、由美子は佐原の股間がごく平静であることに気がついていました。由美子がその気
になっているのに、反応を見せない男はごく稀です。佐原はその稀な例だと、悔しさよりも驚き
の気持ちをこめて由美子は佐原を見ていました。

幸恵のことが頭から離れなくて、由美子の魅力が幸恵の思い出を押しのけることが出来なくて、
佐原がその気にならないのだと由美子は思ったのです。しかし、ブラウスのボタンを三つほど意
識して外した胸や、白のTバック・ショーツが見えるまで脚を高く組んだ生脚に絡む男の舐める
ような視線を感じ取り、由美子は思い直していました。

〈・・・私の魅力が乏しいせいではない・・・、
彼は十分に私の体に興味を見せている・・、
それだのに・・・、彼の中に・・、彼の性衝動に火が点いていない・・・〉

目の前に座っている佐原の不可解の態度に驚きながら、それでも由美子は冷静に彼の様子を分析
していました。

〈幸恵さんのことで頭が一杯なのだ、彼女を本当に愛しているのネ・・・、
でも・・、それだけではない・・、何かが違う・・、

そうだ・・、あるいは佐原さんのこの燃え上がらない態度が・・、
女のあからさまな誘いを受けても、燃え上がらない佐原さんの身体の秘密、
これが事件の真相に近づくキーなのかも・・〉

由美子の中に突然ある発想が閃きました。男と女の愛の形をいろいろ経験し、異常な愛の形も沢
山見てきた由美子ならではの閃きでした・・。


家出をしていながらかなり頻繁に自宅を訪れている幸恵のこと、隣家の主婦と親密な関係を持つ
怪しい男、そして、佐原の不可解な性衝動あり方、この日由美子はたくさんの情報を掴むことが
できました。いずれの情報も相互に何の関係もないように見えるのですが、これらの情報を上手
く繋げば事件を解くキーにかなり近づくと由美子は漠然と考えていました。そして、その日、由
美子はそれ以上佐原を刺激することなくおとなしく佐原家を辞しました。こうして、由美子がそ
の気になったにもかかわらず、何も起きなかった稀な男の一人に佐原の名が加わったことになり
ます。