二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
17 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人(17)
鶴岡次郎
2013/03/14 (木) 17:36
No.2332
強引に拉致された様子でもなく、家を出た後も夫の留守を狙って何度か家に戻るほど自由に行動
している幸恵の真意は何処にあるのか、幸恵と連絡を取り、彼女の真意を探る必要があると由美
子は思いました。そのためある仕掛けを幸恵の部屋に残すことにしたのです。幸恵が自宅へ戻り
たいと真剣に思っているのなら、必ずこの誘いに乗るはずだと思ったのです。その仕掛けをする
ため、由美子は10分ほど幸恵の部屋にこもりました。佐原は居間で大きな声で電話をしている
ようで、由美子の行動に気がつきません。おそらく会社の部下と連絡を取っているのでしょう。

掃除を終えた由美子が居間にもどると、佐原が紅茶を準備しているところでした。二人でお茶を
いただきながら、由美子がそれとなく探りを入れました。

「佐原さん・・、
お一人での生活、慣れなくて大変でしょう・・、
夜、自宅へ戻られた時、朝食に使用した食器類や、脱ぎ捨てた衣類の散らばった居間などを見
ると、ガッカリするでしょう・・。
家事に慣れているはずの私でも、外出から帰ってきて汚い家の中を見ると、
片付けてから出かければよかったといつも後悔するのですよ・・・」

「そうですね・・、食器を片付けるのが嫌ですから、出来るだけ家では飲み食いしないようにし
ています。洗濯だけは何ともなりませんから、夜やっています。

自分で言うのも変ですが、妻が居なくても、何とかなるものですね・・、
気がついたのですが、思ったより私は几帳面だと判りました。はは・・・」

「几帳面て・・、何ですの・・?」

「いえね・・、妻が居る時は、それこそ縦の物を横にすることもしない、ぐうたら亭主でした。
お恥ずかしい話ですが、スーツやネクタイなどいつも居間に脱ぎ捨てていて、彼女からお小言を
言われていたのです。それが、彼女が居なくなってからは、ちゃんとロッカーに入れているので
す。酔っ払って帰って来た時でさえ、ちゃんと入れているのですよ。我ながら、たいしたものだ
と、自分を褒めてやりたい気分です。はは・・・・・」

良い気分になって佐原が話しています。

幸恵の来訪をこの時もはっきりと由美子は確信していました。失踪以来、何度か幸恵は自宅へ
戻っているのです。あまり目立つことは出来ませんが、佐原が脱ぎ捨てたスーツやネクタイを
こっそりロッカーに戻しているのです。佐原はそのことにさえ気付かずに、自分がロッカーにも
どしたと思い込んでいるのです。そして、その気になって家の中を見渡せば、男の一人暮らしと
は思えないほど小奇麗に保たれているのです。それとなく幸恵が掃除を済ませているのがそこ、
かしこから感じ取れるのです。

〈なんて鈍感なんだろう・・・、
でも・・、そんな佐原さんが可愛い・・・・〉

男の鈍感さにあきれるより先に、由美子はそんな佐原を愛しく思い始めていました。こうした男
の弱さ、幼さを見ると、由美子の中に存在する男好きの虫が騒ぎ始めるのです。潤んだ瞳で由美
子は佐原をじっと見つめていました。女の全身から、妖しい気が漂い出ています。とっくに由美
子は佐原を受け入れるつもりになっているのです。