二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
15 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人(15)
鶴岡次郎
2013/03/11 (月) 14:07
No.2330
その男は1614号室の扉を閉めようとして、何かを思い出したらしく、扉を半開きにして、部
屋の入口に立って少し声を高めて奥に居る住人に語りかけ始めました。どうやら、男は近づいて
くる佐原と由美子の存在に気がついていない様子で、かなり気を抜いた様子で部屋の中にいる住
人に話し始めたのです。男から離れたところに居る由美子ははっきりとその言葉を聞き取ってい
ました。

「先ほど約束したように、遅くなるかもしれないが・・、今晩、必ず顔を出すから・・、
今晩は、寝かせないからな・・。
ああ・・・、夜遅く来ても、カードキーの発行は大丈夫だね・・」

「・・・・・・・・」

女性がその声に答えていますが、由美子にはその内容が聞き取れませんでした。男と部屋に居る
女性のやり取りから、その男が部屋の住人ではなく、訪問者だとわかり由美子は納得していまし
た。


男がドアーを閉め、エレベータホールへ向かうべく、身体を反転しました。そこで初めて佐原と
由美子を確認して、男は少し驚いた様子で、気まずそうな表情を浮べました。廊下の幅は1.5
メートルほどの狭さです。由美子の前を歩いている佐原がその男とすれちがいながら頭を下げて
います。男も軽く一礼をしています。由美子がその男に近づき、男と由美子が互いに視線を絡み
合わせました。

廊下の照明が由美子の顔を浮かび上がらせていました。男が一瞬驚きの表情を浮かべ、そして慌
てて視線を外し、急ぎ足で由美子の側を通り抜けました。由美子から見て、その男は照明を背に
していて、はっきりとその表情を見ることが出来ませんでした。そして、その男が由美子を見て
驚きの表情を浮べたのを由美子は見逃していたのです。


今まで何度も説明して来ましたが、由美子は少し離れたところに居ても、男根の状態をかなり正
確に判定できます。それと同時に、その男の性的能力もかなり正確に判定できます。いつものよ
うに、由美子は今通り過ぎたその男を無意識に評価していました。

男は並外れた性的能力を持っていました。前を歩く佐原は先ほどエレベータホールで由美子に
会ってから、かなり男の気力を高めていて、股間の物もそれなりの反応を示し始めているのです
が、その男の放つ精力は佐原とは次元の異なるものでした。勿論、その男の股間はごく平静な状
態です。それでも、そこから放たれる強い精気を由美子はキャッチしていたのです。

〈・・誰かしら・・、これほどの精力は珍しい・・
素人でこれだけの精力は作り出せない・・・、
多分・・、あの男はその道のプロ・・・・〉

遠ざかる男の気配を背中で追いながら、由美子はその男の素性を考えていました。先ほど垣間見
た素人離れした、少し崩れた服装、男の気配、それと由美子だけが感じ取ることが出来る男根の
放つ精気などから、その男がプロの色事師と言い当てていたのです。


プロの竿師と呼ばれる職業人を普通の主婦は会うことは勿論、その存在さえ知りません。露天商
仲間と付き合いの深い由美子は今まで何度となくそうした人種と接触していて、彼等特有の精気
には馴染みがあるのです。

凄い性的能力を持った男が失踪した幸恵の隣家から出てきたのです。そして今夜遅く再度訪問す
ると男は告げているのです。おそらく・・、いや確実に隣家の旦那は留守で、何らかの事情で今
晩も旦那は自宅へは戻って来ないのです。その部屋の夫人は午前中、男と熱い一時を過ごし、そ
れだけでは足りないで、夜、もう一度、男を自宅へ誘いこむつもりなのです。

今垣間見た状況から、由美子はこれだけのことを推察していました。そして、その男と隣家の夫
人の関係に強い関心を寄せていたのです。そして、その男が訪ねていた家が佐原家の隣家である
ことに、由美子は幸恵失踪とのつながりを漠然と感じ取っていました。勿論、このことは由美子
一人の胸の中に秘め、佐原には話さないと決めていました。