二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
14 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人(14)
鶴岡次郎
2013/03/08 (金) 14:45
No.2329
調査依頼を受けて寺崎探偵事務所は幸恵が出向きそうな知人や、学友達をしらみつぶしに調べま
した。勿論それまでに佐原が調べた部分も重ねて調べたのです。しかし、一週間経っても何も掴
むことはできませんでした。調査は完全に暗礁に乗り上げていました。寺崎はマンション周辺の
聞き込み調査を再度精度を上げて念入に行うことにしました。何の証拠も有りませんが、探偵の
勘で幸恵は自宅近辺に潜んでいると寺崎は考えたのです。


寺崎と最初に訪問して以来、自宅に近いこともあって由美子は3度ほど愛と一緒に佐原宅を訪問
しました。気を落としている佐原を二人で慰めるのが目的です。その都度、二人が準備した手料
理を持って佐原宅を訪問するのです。そして、少しの時間おしゃべりを楽しむのです。佐原も二
人の訪問を心待ちにするようになり、二人が帰る時は次の訪問日を約束させるのです。二人の女
も佐原を訪ねるのが楽しいようで、嫌な顔をしないで次回の訪問を約束するのです。

今日は前回訪問した時の約束で昼前に佐原家を訪問して、昼食を一緒にすることになっています。
ところが、訪問予定日の二日ほど前から愛が体調を崩し、当日になって一緒に行けないと連絡して
きたのです。

「軽い風邪だから、直ぐに治ると思ったのだけど、ダメだった・・・。
熱は下がったんだけれど、全身がだるいの・・・」

電話の向うから比較的元気な声ですが、明らかに喉を患っている声が聞えてきました。由美子一
人で佐原を訪問するのは憚れるので、中止しようと由美子が言い出しました。

「ダメよ・・、佐原さん楽しみにしていて、今日は会社を早退する予定でしょう・・、
由美子さん一人で行ってよ・・、

大丈夫よ・・、佐原さん紳士だから・・、
それに何か起きたとしても、誰にも判らないよ・・、フフ・・」

愛に背中を押され、最初からその気になっていた由美子は一人で行くことになりました。早起き
して調理した根菜の煮物と鳥のから揚げを中心にしたお弁当二人分をパック詰めにして、昼前に由
美子はいそいそとマンションへやってきました。

一階のゲイトで部屋の番号をキーインすると、インターホンから佐原の返事があり、ほどなく臨
時カードが発行されました。約束どおり佐原は会社の仕事を午前中で終え、自宅へ戻っていたの
です。カードキーを使用して玄関を通り抜け、一階のエレベータホールへ入り、ここでもカード
キーを使用してエレベータに乗り込み16階に着きました。佐原が16階のエレベータホールで
出迎えていました。ここで、由美子一人が来たことを知り、佐原は驚きながら嬉しそうにしてい
ました。

このマンションはエレベータがビルの西壁に沿って設置されていて、エレベータホールから各部
屋へは廊下が環状に伸びています。窓の無い薄暗い、幅一メートルほどの絨毯を敷き詰めた廊下
を通って二人は佐原の部屋へ向かいました。高級なムードを演出するためでしょう、廊下はかな
り照明を落としていて、むしろ薄暗いほどです。

佐原が先頭に立って、由美子がその後を歩いています。もう直ぐ、佐原の自宅、1613号室へ
着く、その時、隣家の1614号室の扉が開きました。男が一人出てきました。中肉中背の50
歳代の男です。雰囲気を出すため、あえて照度を落としている廊下照明ですから男の表情は良く
判りませんが、全身からどことなく遊び人風の雰囲気を発散させています。あえて言えばこのマ
ンションの住人に相応しくない男だと由美子は感じ取っていました。