二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
13 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人(13)
鶴岡次郎
2013/03/07 (木) 16:42
No.2328
「奥様の筆跡に間違いないですか・・?」

寺崎が訊ねています。

「ハイ・・・、間違いないと思います。
それに、このサインは私だけに判る幸恵のサインです・・」

『幸恵』と書くところを、佐原宛に手紙を書く時は結婚前から『ゆきゑ』と書いていて、佐原
宛か、よほど親しい友人宛てでないとこのサインは使用しないと佐原は証言しました。

「『探さないで下さい』のフレーズを、サインの後に付け足しているようですが・・・」

佐原に向かい、言葉を選びながら寺崎探偵が話しかけました。佐原もそのことに気がついていた
ようで、黙って頷いています。

「そうですか・・、ご主人も気がついていましたか・・」

「・・・・・・」

佐原が口を開くのを待っている寺崎ですが、佐原は黙ったままです。

「どうやら『探さないで下さい』のフレーズは、『留守にする』と書いた時には思いついていな
くて、その後何らかの事情で書き足したように見えます、場合によっては、この二つのフレーズ
の間には多少の時間差があるかもしれません。

このことに、何か心当たりがありますか・・?」

寺崎が佐原に質問しています。

「私も不審に思いました・・。
なぜ、サインの後で、思いついたように書いたのか想像も出来ません」

佐原も首を捻っています。

「佐原さん・・、
この書置きが存在する限り、奥さんが自発的に家を出て行かれたと判断せざるを得ませんが、一
方では、ご主人から聞いた当日の様子などから判断して、奥様が何者かに拉致された懸念も消え
ません。

私どもは引き続き調査を進めますが、警察に届けを出されることを勧めます。私が不審に思うほ
どですから、多分、警察でも不審感を持つはずで、そうすれば家出人捜査の枠を超えた捜査をし
てくれる可能性が出てきます」

佐原自身も幸恵の失踪に事件の匂いを感じていたことでもあり、寺崎の勧めを素直に受け入れ、
その日の内に地元の警察へ届けを出しました。

警察では家出人の捜査として受け付けました。そして佐原が不審に思っている内容も丁寧に聞い
てくれました。しかし、それだけでは事件と判断する材料として不足していたのでしょう、警察
は家出人捜査名簿に登録することは約束しましたが、それ以上の捜査、たとえば佐原の自宅を捜
査するまでには至りませんでした。この警察の対応は佐原にも最初から予想できたことであり、
それほど落胆しませんでした。この時、幸恵が家を出て一週間経っていました。