二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人
11 二丁目、フォレスト・サイド・ハウスの住人たち(11)
鶴岡次郎
2013/02/27 (水) 16:40
No.2326

怪しい男

由美子が自宅に戻ると事件の発生を予想していたかのように、寺崎が来ていました。都心で探偵
事務所を開いていて、鶴岡とは十数年来の友人である寺崎は相変わらず一人身で、月に二、三度
何の前触れもなくやってきて、時には一晩泊まっていくこともあるのです。

夕食の後、佐原のことを由美子は夫と寺崎に語りました。

「う・・ん、由美子さん・・、
近頃珍しくない話ですね・・・」

「奥さん」と呼ぶべきところですが、鶴岡の前でも寺崎は由美子を名前で呼びます。十数年前、
最初に出合った時からそうしているのです。そうすることで由美子の人格を鶴岡から切り離して
個別に評価していることを伝えたいと思っているようです。

勿論、露天商の親分である宇田川という恋人が由美子にいることも、彼女がたくさんの男達と奔
放に肉体関係を持っていることも寺崎はそのほとんどを知っているのですが、そのことで態度を
変えることなく、尊敬する友人、鶴岡次郎の妻として、そして、一人の尊敬する女性として由美
子に接しているのです。一方、由美子は寺崎のことを兄のように慕っています。

「私のところへ来る調査依頼でも、最近は旦那が捨てられるケースが多くなっているのです
よ・・・。そうした場合、決まって、奥さんの失踪は旦那にとって寝耳に水の場合が多いのです。
今回も、その佐原さんはまさか奥さんが黙って出て行くとは夢にも思っていなかったようです
ね・・。

多分、旦那は自覚していないけれど、奥さんが出て行った理由は旦那の方にあると思いますよ。

まあ・・、今に失踪した奥さんから旦那宛に離婚届が送られてきますよ、
旦那がそれにサインして、それですべて終わりです」

寺崎にとって佐原の事件はそれほど関心を引く出来事ではなかったのです。

「寺崎さん・・、何とか力になっていただけないかしら・・・、
スッカリ気を落として、落ち込んでいる様子を見て、
私・・、思わず声をかけてしまったの・・。
友達の愛さんだって、スッカリ同情して、今にも泣き出しそうだった・・・。

私、凄く仕事の出来る探偵さんを知っていると寺崎さんのこと紹介して、
佐原さんもその気になったから、
私・・、寺崎さんに連絡すると約束してしまったの・・、
話が通れば、寺崎さんの事務所を訪ねると佐原さん言っていた・・」

食後のブランデイを舐めながら、寺崎がことさら苦い表情を作っています。由美子が困った表情
を見せるのを楽しんでいるのです。

「そりゃ・・、商売ですから、頼まれれば、話を聞く程度のことは出来ますが、正直言って、あ
まり気が進まない仕事ですね・・・。

話の様子では佐原さんはなかなかイケ面のようですネ・・、
いや、間違いなく渋い中年紳士だと思います。
由美子さんや、お友達の管理人夫人がそこまで親身になっておられるのを聞いてそのことを確信
しました。
それでも人は見かけだけでは判断できませんからね・・・、
案外、DVや浮気で奥さんへ酷い仕打ちをしているかもしれませんよ、
それが判ったら、由美子さんも管理人夫人もガッカリすると思いますよ・・」

「そんなことはありません・・、佐原さんはそんな人ではないと思います。
私達はかわいそうな佐原さんに、同情して、何とか力になりたいと思っただけで、
寺崎さんの言うように、嫌らしいことは少しも考えていません・・。

そんなこと言うのだったら、もう頼みません。
もっと良い探偵さんを、Uさんに探してもらいます・・」

最初から佐原に好意を持っていることは事実で、痛いところを突かれて由美子は本気で怒り出し
ています。

「アハハ・・・、冗談ですよ・・。
由美子さんが余り熱心だから、佐原のことが少し妬けて来たのですよ・・。
それにしても、どんな時でも、イイ男は得をしますよネ・・・、アハ・・・・・・。

いいでしょう・・、いつでもいいから事務所へ連絡を入れるようにその色男に連絡してください。
寺崎探偵事務所が全力で対応します」

笑いながら寺崎が仕事を引き受けることを約束しました。

「それにしても、この仕事の結果は見えていますよ、女性にとって40過ぎの浮気は、ラスト
チャレンジですからね、その幸恵さんという奥さんの腹は固まっていて、誰も彼女の決断を動か
せないと思います。

男と暮らしている奥さんの居所を私が探し出して、チョトした修羅場があって、場合によっては
双方が弁護士を立てることになるかもしれませんが、いずれにしても、何らかの金銭のやり取り
があって、離婚成立となると思います・・・」

悔しい気持ちを持ちながらも由美子は寺崎に反論できないでただ彼を睨んでいました。それでも、
由美子は寺崎が言うほど幸恵の行動を単純に考えていなかったのです。助けを求める幸恵の声な
き声が由美子に聞こえていたのかもしれません。