一丁目一番地の管理人(その30)
20 一丁目一番地の管理人(464)
鶴岡次郎
2012/09/07 (金) 14:57
No.2302
「あの人を殺したのは私だと思っています。

私と付き合うことがなかったら、この町へ来ることはなかった。
あの日、この森で私を抱く約束をしていなければ、
彼はこの森へ来る必要がなかった・・。

あの人をここへ引寄せたのは私なんです・・・。
うう・・・・・・・」

遂にゆり子はヒザの上に頭を伏せて、泣き出してしまいました。今まで、誰にも言うことが出来
なかった、心の内を、敦子に話して、ゆり子の中に封じ込められていた悲しみが迸(ほとばし)
っているのです。

「ゆり子さん・・・、
それは違う・・!
絶対、ゆり子さんのせいではない・・・」

ゆり子がびっくりして敦子を見るほど、強い口調でした。

「もし・・、無理に彼を死に誘導した真犯人を探すのなら・・・、
それは・・、その取引相手が圧村さんに差し出したお金に罪があると思います。
お金に絡んだ、人々の卑しい欲望のせいだと私は思います。
決して、ゆり子さんがデートを約束したためではない・・。

ゆり子さんと圧村さんの間で育まれた清らかな愛情は・・、
この森で展開されたお二人の愛の姿は・・、
この殺人事件とは無関係なものです・・・。

これからは、決して圧村さんを殺したなど思わないで下さい。
亡くなられた圧村さんだって、二人の愛が死の原因だとは思っていないはずです。
ゆり子さんが何時までもそんな気持でいるのを望んでいないと思います。
圧村さんと過ごした楽しい時間だけを思い出してあげてください・・」

「敦子さん・・・、
ありがとう・・、あなたに会えてよかった・・・」

敦子に心の内を告白し、圧村の死を呼び込んだのは、ゆり子のせいではないと説得され、ゆり子
は久しぶりに心の重荷を下ろした気分になっていました。

「主人が待っていますので・・、
これで・・・」

敦子はゆっくりと立ち上がりました。未だ話し足りなさそうな表情をゆり子は隠していません。

「また会えますか・・・
私はこの森の外れにある、農家に住んでいます・・」

「エエ・・、縁があればきっと、また会えますよ・・」

竹内のマンションを引き継ぎ、敦子は夫、朝森と暮らしているのです。ゆり子の自宅とは徒歩で
行き来出来る近さです。しかし、そのことをゆり子に告げるつもりはないようです。もう・・、
会うことはない・・、会うべきでないと・・、敦子は考えているのです。