一丁目一番地の管理人(その30)
19 一丁目一番地の管理人(463)
鶴岡次郎
2012/09/06 (木) 14:49
No.2301

二人は肩を並べて河原の土手に向かって歩み始めました。ゆり子が誘ったのです。

「私、この森の近くに住んでいるのですが、
あの日、事情があって、あの時間、この森に入っていました。
そして、あなたより先に、あの死体を発見していたのです・・」

「そうでしたか・・・、
やはり、私より先に死体を発見していたのですね・・。

でも・・、どうして・・・・・」

敦子が不審そうな表情でゆり子を見つめています。ゆり子を疑っている様子ではありません。

二人は散歩道の側にあった木製のベンチに腰を下ろしました。健太はゆり子の足元に身体を伸ば
して両脚の間に頭を埋めて、眼を閉じています。

「圧村和夫さん・・、あの方の名前です。
和夫さんは私の恋人・・、不倫相手だったのです・・」

敦子を一目見て、この人なら圧村のことを話してもいいと、ゆり子は思ったようです。敦子は驚
く様子もなく、黙って耳を傾けていました。一緒にここまで歩きながら、もしかすると、森の死
体とゆり子の間に何らかの関係があるかもしれないと敦子は思い始めていたのです。そして、圧
村が暴力組織の人間であることを知っている敦子は、ゆり子と圧村の関係は秘められた関係だと
推測していたのです。それ故にこそ、死体の第一発見者でありながら、ゆり子は何も行動しな
かったのだと思っていたのです。


「彼はご存知のように普通の人でなく、組の構成員でした。
でも・・、私には優しい、頼りがいのあるすばらしい人でした・・」

「愛していらしたのですね・・・」

「ええ・・、
最初は彼の体に惹かれましたが、
半年もお付き合いを重ねていると、身も心も彼の虜になりました。

今でも、彼との思い出の中で私は生きているのです・・」

ここではじめて、ゆり子は涙を見せました。


「あの日の前夜、あの森の中でデートする約束だったのに、
彼はいくら待っても来なかった・・
私が車の中で待っている頃、彼は襲われて命を絶たれていた・・」

ゆり子はここで言葉を切り、こみ上げてくるものをじっと抑える様子を見せているのです。敦子
は黙って耳を傾けていました。

「それでも気になって、翌朝、森に入った。
そこで、彼の死体を見つけることになった・・。

彼を愛していると言いながら、不倫がバレるのが恐ろしくて、警察へ通報することが出来な
かった。そして、一ヶ月後、全てを主人に話して、警察へ出頭したのです・・・。

私はダメな女です・・・・・・」

そこに圧村が居るようにゆり子は頭を下げているのです。


「後で判ったことですが、圧村さんはあの日、街の居酒屋で取引相手に出会い、100万円を受
け取っていたのです。その光景を犯人である地元の大工をしている男に目撃されていた。そんな
ことに気がつかなかった彼は私との約束を果たすため森に入り、その油断を突かれ、後から襲わ
れ、命を落した・・・」

ゆり子の話を聞きながら、敦子は必死で平静を装っていました。

〈圧村さんと会っていた取引相手は、竹内寅之助と言って、私の情夫なの・・、
私が売春婦である秘密を竹内が握り、
夫を脅して無理やり私を手に入れ、おもちゃにしていた。

私が組織に事情を話し、竹内に秘密を握られたことを知った組織が動き、
圧村が派遣され、竹内はその脅かしに屈して100万円を支払ったのよ・・・。
そして、その100万円が原因で、圧村さんは死ぬことになった・・。

売春で散々汚れているのに、竹内に弄ばれることに耐え切れなくて、
組織に訴えた、そんなことをしなければ、圧村さんは死ぬことはなかった・・、
あなたの恋人を殺したのは、ある意味で私のせい・・・〉

敦子は心中でゆり子に真実を伝え、頭を下げていたのです。売春稼業に関係していたことは生涯
口を閉ざす覚悟を固めている敦子です。ここでもゆり子にそのことを話すつもりはないのです。
必死で平常心を保ち、ゆり子を見つめていました。