一丁目一番地の管理人(その29)
27 一丁目一番地の管理人(45)
鶴岡次郎
2012/08/06 (月) 14:02
No.2277

一方、由美子への電話依頼を終えた伍台の気分は高揚していました。これで喜美枝とのデートの
準備は全て完了したのです。

僅か一時間前、柏木管理官に会うまでは、生涯の敵、真黒興産を追い詰めながら、今一歩で取り
逃がしたことを悔やんで、〈あの時、・・・しておけば良かった・・、ダメだな・・、後のなって
こんなことに気付くようでは・・、僕はまだまだ、未熟だ・・〉と、くよくよと悩んでいたので
す。そして、新たな仕事への意欲が目に見えて落ちていたのです。

それが、今は違うのです。喜美枝と食事の約束をした、ただそのことだけで、彼自身でも驚くほ
どの覇気が湧き上がり、仕事への意欲が増していたのです。伍台は山のように積まれた書類に向
かいました。先ほどまでは、この書類の山には気付かないふりをしていたのです。

そして、あれほど思いつめていた真黒興産へのこだわりが、嘘のように彼の中で消えていたので
す。手痛い敗北を味わった事件をより冷静に見ることが出来るようになり、真黒興産も数ある容
疑者の一人・・、被疑対象の一つ、として見ることが出来るようになっていたのです。

これから先、〈・・取り逃がした売春組織の捜査に取り付かれた参事官・・〉と、陰口を叩かれ
ることはなくなると思います。どうやら、伍台はまた、一歩大きな成長を遂げたようです。


その翌朝、喜美枝から由美子に電話がありました。

「由美子さん・・・、
今ホテルから連絡しています。
彼はもう・・、役所へ出勤して・・・、
私・・、一人きり・・・」

由美子は正直ほっとしていました。

「あのネ・・・、
私・・・、剃られちゃった・・・、
フフ・・・、今、とっても幸せ・・・」

それだけ言って喜美枝はそこで言葉を飲みました。言おうか止めようか、少し迷っている様子
です。

「私・・・、言えなかった・・・・、
妊娠したことは言えなかった・・・。

これから先、この大きな罪を私一人でお墓まで持って行きます。
そして、どんなことがあっても、こんな間違いは二度と犯さないようにします」

「・・・・・・・」

由美子はただ黙って喜美枝の話を聞いていました。多分、その立場に立てば由美子だって、喜美
枝と同じことをするだろうと思っていたのです。

「また連絡します・・・。
今度は、もっと良い連絡が出来ると思います・・」

明るい声で喜美枝は一方的に宣言し電話を切りました。由美子の瞳に涙が溢れていました。