一丁目一番地の管理人(その29)
21 一丁目一番地の管理人(439)
鶴岡次郎
2012/07/17 (火) 12:51
No.2270
2269(1)

由美子の浮気話を聴いて喜美枝は癒されていました。実は、由美子の話を聞くまでは、伍台に会
えば、どんなに燃えても、何とか繕って、イタリア男の手で開発された喜美枝の素顔は絶対表に
出さないと決心していたんです。それでも、本当にそれでいいのか、女の感性を殺して伍台との
新しい生活を獲得することがいいのか、喜美枝は悩み続けていたのです。

悩んでいる喜美枝に、由美子の告白は一筋の光明を与えました。由美子のように誠実に自身をあ
りのままをさらけ出せば・・、頑張って伍台に誠意を見せれば・・、喜美枝にも道が開けるかも
しれないと思い始めていたのです。もしかして、由美子の夫である鶴岡のように、伍台がみだら
な喜美枝を好んでくれる可能性がゼロではないと思い始めていたのです。

「もし、伍台がもう一度私を受け入れてくれるのなら・・、
そのチャンスに賭けたい・・、
伍台の気持をもう一度、引寄せたい・・・

そして・・、出来ることなら・・・、
由美子さんのように、自由に、私の女自身を彼にさらけ出したい・・、
でも、その一方で、そんなことをすればあきれ果てた彼に見放されるかもしれないと、
心配になるのです。

こんな気持でいるのですが、自信がもてなくて、何も決められないのです。
由美子さん助けてください・・・。
私・・、由美子さんの言うとおり行動します・・・」

今、新たに訪れたこのチャンスをぜひ実らせたい、そのためには、由美子に頼り切ろうと喜美枝
は咄嗟に心に決めたようです。

電話の向こうで深々と頭を下げる喜美枝の熱意を由美子は十分に感じ取っていました。そして、
喜美枝も伍台と同じように、相手の気持ちに合わせようとして、彼女自身の気持ちを封じ込めよ
うとしているのに気付いていたのです。

本質は生真面目な伍台と喜美枝が、互いに相手を思うあまり、互いの思いとは違う方向に歩みは
じめて数年過ぎたのです。そして、ここで立ち止まり、もう一度寄りを戻すことを考え始めたの
です。『同じ過ちを犯させてはいけない』、由美子はそう考えました。

そのためには、二人が自身の殻を破り、自らの欠点も、恥部も、相手に曝すことから始めるべき
だと由美子は考えたのです。

〈喜美枝さんは考えすぎです。
・・・何も考えないで、自分自身をさらけ出すことです。
そうすれば、伍台さんもきっと理解してくれると思います・・〉

・・と、このように、喜美枝の求める答を理屈っぽく説明しようとしたのですが、賢明な喜美枝
はそんな言葉は既に自身でも考え付いていて、共感しないだろうと、由美子は別の説明方法を考
えたのです。


「主人と伍台さんが電話で話しているのを、隣の部屋で聞いていたら、
断片的で、確かなことは判らないけれど・・・、
『・・見せしめのため、毛を全部剃ってしまえ・・』と、
主人が言っていた・・」

「エッ・・、嫌だ・・、そんなこと・・・」

「フフ・・・、
喜美枝さん・・、本当に嫌なの・・?」

「由美子さんまで・・・、嫌ネ・・。
でも、由美子さんには隠せないわね・・、
全部・・、話してしまおうかな・・・、フフ・・・・・」

少し興奮した面持ちで喜美枝が話しています。女同士であっても、こうした浮いた会話は喜美枝
にとっては実に数年ぶりのことなのです。その効果もあって、喜美枝の閉ざされていた女の扉が
ゆっくり、軋みながら開いているのです。このことを由美子は計算しているのです。