一丁目一番地の管理人(その29)
19 一丁目一番地の管理人(437)
鶴岡次郎
2012/07/15 (日) 15:58
No.2268

「翌朝・・・、主人が優しく私を抱き締め、
『・・・乱れる由美子が好き・・』だと、言ってくれた。
『こんなに由美子をインランに育ててくれた人にお礼を言いたい・・・』
冗談だと思うけれど、真顔でそんなことまで言ってくれたの・・。

私・・、最初、からかわれているのだと思った。
でも、次の夜も、その次の夜も、汚いはずの私の身体を主人は抱いてくれた。
私は狂いに狂った・・・。
そして、結局、以前にも増して、私達の仲は上手く行くようになった。

インランな本性を全てあらわに出した私を、主人は優しく受け入れてくれて、
それを可愛いと言ってくれたの・・、
私は主人を信じて、私のありのままをさらけ出し、彼に尽くすことを決めた・・」

そこで由美子は口を止め、喜美枝の反応を確かめていました。電話の向うで、喜美枝が泣いてい
るようでした。由美子は電話を持ったまま、待ちました。由美子の話から喜美枝が何かを感じ取
り、伍台とのデートに賭ける決意を言い出すのをじっと待っているのです。


「由美子さん・・・、
一つ聞いても良い・・・?」

喜美枝が思いつめた調子で口を開きました。

「一ヶ月もその男と付き会っていて、
赤ちゃんは出来なかったの・・?
避妊はどうしていたの・・・?」

喜美枝の質問は唐突な内容でした。由美子の描いたシナリオからは外れる質問内容でした。それ
でも、由美子は落ち着いてありのままを答えました。

「当時、私は心も身体も幼かったけれど、避妊には気を配る知恵だけは、結婚前から、ある人に
教えられていて、専門医に調合してもらった避妊薬を常用していました。

私達は昼夜なく狂ったように絡みあっていましたから、コンドームなどを使っていれば、手違い
が必ず起きていて、私は間違いなく妊娠していたと思います。そうすれば、私の人生はそこで大
きく狂ったはずです・・」

喜美枝の質問に答えながら、由美子は喜美枝の離婚の原因を遂につきとめたと・・、思っていま
した。そして、思い切って、そのことを口に出しました。

「喜美枝さん・・・、
間違っていたらゴメンナサイ・・・、
もしかして・・、
お腹に赤ちゃんが出来たので離婚を決めたのですか・・?」

「・・・・・」

電話の向うで喜美枝がびっくりして言葉を飲んでいる雰囲気が伝わって来ました。

「今まで、誰にも話したことがない事実だけれど、
由美子さんのご推察の通りよ・・・、

十分注意していたつもりだったけれど・・・、
後で考えると、彼が意図的に仕込んだらしく・・・、
気がついた時は3ヶ月に入っていた・・・・

浮気をしただけでも伍台の人格を踏みにじっているのに、
その上その男の子を身篭ったと判れば、
伍台は勿論、両親の社会的生命を断つことになります。
罪深い私には、伍台にお願いして離婚してもらう以外、選択肢がなかった・・」

イタリア男、アダモの甘い言葉と愛の技に引きずりこまれて、喜美枝は不注意で妊娠してしまった
のです。それに気がついた時、喜美枝は奈落の底に叩き込まれました。そして、どうやら妊娠は
アダモが計画的に仕込んだものだと判った時、アダモへの思いが急速に冷め、その反動で伍台へ
の強い愛情をいまさらのように感じていたのです。しかし、事態は取り返しのつかない状態まで
進展していたのです。誰に相談することも出来ない喜美枝は悲壮な決意を固めたのです。