掲示板に戻る
過去ログ[3]

※探している投稿記事が見つからない場合は「上のPage」を変更して再度検索してみてください
ワード検索:
条件:
表示:

[2196] 一丁目一番地の管理人(その27) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 14:13
土手の森公園殺人事件の被害者・圧村和夫の愛人・金倉ゆり子とその夫・金庫武雄は互いに相手
を殺人事件の犯人だと思い込んでいました。悩みぬいた上で、共に罪の償いをしようと悲壮な決
意を固めて、ある日、夫婦は何もかもすべて告白するべく、対決したのです。

誤解していたことが判り、二人の絆はより深くなりました。ゆり子の浮気もこの強い絆の前では
何も問題になりませんでした。それどころか中年の域に到達してやや中だるみ状態にある二人の
愛情には、ゆり子の浮気は良いカンフル剤になった感がするのです。

ゆり子は全てを説明するため、警察へ出頭する覚悟を固めました。事件当日、土手の森公園で圧
村と会う約束をしていた人物がゆり子だと判ると捜査本部は大いに揺れると思います。暗礁に乗
り上げた感がある捜査に光明が見え始めると思います。のんびりと語り進めます。ご支援くださ
い。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                      
                                      ジロー
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(379) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 14:34
真犯人

事件発生から8ヶ月経過していました。柏木管理官が指揮する土手の森、輪島組組員殺害事件捜
査本部は、完全に捜査が行き詰まっていました。重用参考人として全国手配した竹内寅之助と敦
子の行方は依然不明のままで、何一つ情報が入ってこないのです。

当初、犯人が潜んでいると睨んだ輪島組にも目立った動きはありません。竹内の借金取立てを依
頼された闇組織の動きにも大きな変化は認められないのです。

これまでの捜査で困った時に柏木達を助けた警察庁の伍台参事官も、さすがにもう打つ手がない
らしく、ここ一ヶ月あまり捜査本部に顔を見せないのです。

このまま、数ヶ月過ぎれば、捜査本部は解散の憂き目に会うことは明らかなのです。立花管理官
は勿論、5人の捜査員達もあせっていました。


その日勤めを休んだ夫・武雄に連れ添われてゆり子が所轄署に出向きました。午前10時を少し
回った時間帯で、多くの役所で一番暇な時間帯です。

二人は所轄署の玄関をくぐり、自動車免許関連の手続きで混雑している入口付近を通り越して、
二階に上がりました。そこに刑事課の受付があると教えられていたのです。受付にいる制服婦人
警察官に「土手の森殺人事件に関する情報を提供にやって来た」と武雄が受付に告げました。

受付の警察官は一瞬いぶかしげな表情を浮かべましたが、直ぐに電話器を取り上げ、捜査本部へ
連絡を取り始めました。
来訪者の取次ぎだけですから直ぐに終わりそうなものですが、なかなか電話が終わりませんでし
た。どうやら、捜査本部が取り込んでいる様子で、ゆり子の話を聞くべき担当の手が空かない様
子なのです。

20分ほど受付付近の椅子に座って待たされ、ようやく、捜査本部に隣接した会議室に二人は案
内されました。勿論、二人にとって警察でヒヤリング受けるのは初めての経験です。殺風景な部
屋で、お茶のもてなしも受けないで、10分ほどさらにこの部屋で待ちました。気の短い武雄が
さすがに我慢できなくなったようで、文句を言い出し始めていました。

二人の刑事が部屋に入ってきました。所轄署から捜査本部に参加した熊谷と影沼です。

「お待たせしました。
実はチョッと取り込んでおりまして・・、申し訳有りませんでした。

先ず最初に、お名前と住所を再確認させていただきます・・・」

ゆり子の前に座った中年刑事、熊谷が申し訳なさそうに言い訳を言い、受付で記入した名前と住
所を確認しました。熊谷の側に座った影沼が手帳を開いて、メモ書きの準備を完了しています。

「ところで・・、
被害者・圧村和夫さんとお知り合いだということですが・・」

熊谷がゆり子に尋ねました。二人刑事の様子を見る限り、ゆり子の情報にそれほど期待している
様子は見えません。事件発生後8ヶ月以上たった今でこそ、少なくなりましたが、事件発生当初
は、日に数件、市民からの情報提供があったのです。そして、その実態はほとんど場合、役に立
たない情報ばかりだったのです。

こんな状態ですから、情報提供者との面談を担当してきた二人の刑事が、ゆり子と武雄の前で気
乗りしない態度になるのを責めることはできません。それに、今日は捜査本部で何か異変が起き
たようで、この部屋に居ても捜査本部内の慌しい様子が伝わってくる感じなのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(380) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/12 (月) 16:48
実は、ゆり子たちが警察にやってきたその日、その日の未明、九州から重大な報告が捜査本部に
届いていたのです。この情報を得て捜査本部は一気に騒然となりました。その影響を受けてゆり
子達は受付で待たされることになったのです。


鹿児島市内の粗末なプレハブ・アパートの一室で乱闘騒ぎが発生しているとの一報が、付近の住
民からその地域の所轄署に届きました。パトカーが駆けつけると、既に乱闘騒ぎは治まっていて、
そのアパートの二階にある部屋の床に、体中を血だらけにして呻いている50歳過ぎに見える男
と、男の身体に取りすがって泣いているネグリジェ姿の若い女性を警官が発見したのです。

男に危害を加えた犯人たちは既に逃走していて、その場にはいませんでした。残された足跡から、
数名の男が乱入してきて、熟睡中の男女を襲ったと警察は判断しました。早朝だったのですが、
市街地でもあり、乱闘のかなり大きな音が響いたので、目撃者は多数いました。

病院に収容された男は幸い意識はしっかりしていて、命の心配はないことが判りましたが、手足
と腹部に複数の骨折が認められ、かなり手荒い攻撃を受けたことが歴然と残っていたのです。犯
人達は側にいた女性には一切の暴行を加えていませんでした。

負傷した男に付き添っていた女は警察の調べに対して、二人は内縁の仲で、的屋の商売をしてい
て、主に九州を地盤にして、その中を渡り歩いていると答えました。あのアパートに移り住んだ
のは一ヶ月前で、市内に知り合いは居ないと告げました。

何故か、女はなかなか身元を明らかにしませんでした。しかし、最後には観念した様子で、男の
名前が竹内寅之助で、女は彼の情婦、敦子だと担当官に告げたのです。そして、犯人に顔見知り
の人はいなかったが、襲撃される心当たりがあり、それゆえ、世間から隠れるようにして暮して
いると告げました。それでも女は隠れ暮す理由までは言いませんでした。


二人が何とも不似合いな年の離れたカップルで、なにやら事情が有りそうな様子であることから
察して、所轄署の担当官はこの事件は痴情か、金銭関係の縺れによる傷害事件だと推測していま
した。そして、的屋だと名乗る被害者の言い分を信用すると、仲間同士のいさかいの線が一番濃
いと判断して、その筋を追うつもりになっていました。そして、ここまでの事件情報を型どおり、
全国ネットにインプットしたのです。

インプットされると直ぐに、警視庁から反応がありました。被害者である男女は全国手配されて
いる殺人事件の重用参考人であることが判明したのです。そして、聞き取り調査のため、捜査本
部から刑事が派遣され、場合によっては警視庁へ身柄の搬送も有りうると連絡があったのです。

警視庁の反応を見て、所轄署の担当官達は慌てました。気を抜いていたわけではありませんが、
この乱闘事件に関して、犯人捜査をそれほど急いでいなかったのです。急遽、所轄署内に捜査本
部が立てられ、数人の刑事が捜査に専従することになりました。この種の事件にしては、異例の
スピード対応でした。


九州からの一報、竹内発見・確保のニュースは久しぶりに捜査本部を興奮させました。竹内が犯
人であると睨んでいる捜査員もいますし、仮に彼が犯人でなくても、彼から事情が聞ければ、一
気に犯人逮捕に漕ぎ着けることが出来ると期待が集まっていたのです。立花の指示を受けて、
尾住、目黒、二名の刑事が朝の一便で九州に飛びました。

そんな時、受付から連絡があったのです。地元の主婦が被害者、圧村和夫に関する情報提供で訪
ねてきたという内容でした。

市民からの情報提供を担当している熊谷刑事は正直、この時、面談をパスしたい気分でした。竹
内確保のニュースに沸く捜査本部内で、その興奮に浸っていたい気分になっていたのです。受付
から何度も催促されて、ようやく二人の刑事はゆり子と武雄の前に姿を現したのです。

二人の刑事を前にして、ゆり子が緊張しながらも、覚悟を決めているのでしょう、あらかじめ頭
の中でまとめていた話の筋を辿りながら話し始めました。武雄はゆり子の右手をぎゅっと握り締
めていました。〈1〉
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(381) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/13 (火) 16:22
2198(1)

「殺された圧村和夫さんと私は、夫に隠れてお付き合いをしておりました。
お付き合いを始めて、既に数ヶ月経っています・・」

ゆり子が話し始めると、二人の刑事の態度ががらりと変わりました。これまでの警察の調べで、
圧村と親しい人物は男女を問わず皆無でした。それでも肉体関係があった女性は数人以上いるこ
とまでは突き止めたのですが、その全ての相手がその場限りの関係で、しかもすべてプロの女性
だったのです。その意味で、今回、圧村と親しい関係だったと名乗る素人の女性が初めて現れた
ことになるのです。そして、その女性は殺人現場とおなじ町に住んでいたのです。刑事の直感で
これは何かあると、二人の刑事は姿勢を改めたのです。熊谷刑事が緊張した口ぶりで口を開きま
した。

「奥様・・、
事件と重要な関係がありますので、奥様と被害者圧村和夫さんの関係について事実関係を出来る
だけ詳しく聞かせてください。

ああ・・、何でしたら、奥様お一人のほうが話し易いですかネ・・・」

「いえ・・、主人には全て話していますから、
いまさら隠し立てすることは何も無いのです。
ここへ来たのも、主人に強く勧められたからです・・。

何でも聞いてください・・、
和夫さんの・・、いえ・・、圧村さんを殺した犯人が見つかるなら・・、
私・・・、どんなことでも話します・・」

圧村の名前を口にしたことで、それだけで・・、ゆり子は気持を高ぶらせているようで、少し涙
ぐんでいます。その様子を見て、武雄が口を開きました。

「刑事さん・・、
ここへ来るまでに、私達はよく話し合い、妻の浮気は不問に伏すことで私達の間ではこの問題は
解決しております。それどころか、私も圧村さんを殺した犯人を早く見つけて欲しい気持で一杯
です。よろしくお願い申します・・。
ただ、出来ることなら、妻の名前が表に出ないようご配慮願いたいのですが・・」

「事件の進展しだいでは、奥様の名前が表に出る可能性は否定できませんが、
必用がない限り奥様の名前を表に出すことはしないと約束します・・」

「妻か、もしくは、私が・・、犯罪に加担していたら、
名前を伏せることはできないと言う意味ですね・・」

武雄の質問に熊谷が苦笑いを浮かべながら、それでも武雄の質問を肯定する意味で頷いています。

「出来る限りのご配慮で結構です。
よろしくお願いします・・。

ゆり子・・、私は外で待っているから・・」

刑事の意向を汲んで、ゆり子一人で事情聴取を受けるべきだと判断したようで、武雄は二人の
刑事に会釈して立ち上がりました。心細そうな表情を浮かべていますが、武雄の意図が判るので
しょう、ゆり子は無理に武雄を止めようとしませんでした。

「ご主人・・、
後ほどご主人にもお話をうかがうことになりますので、
そのおつもりでお待ちください・・」

一瞬ですが、熊谷刑事が鋭い視線を武雄に送っていました。武雄は黙って頭を下げて、部屋の扉
を開きました。武雄にすれば警察から疑われるのは織り込み済みのことだったのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(382) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/15 (木) 15:52
「良いご主人ですね・・、
私などにはとても出来ないことです・・。
ああ・・、これは失礼・・」

部屋から出て行く武雄の背中が消えるのを待って、彼と同年代の熊谷刑事がうっかり本音を洩ら
しました。その言葉にゆり子が顔を伏せています。熊谷が頭を掻いて謝っています。

「お二人の関係をもう少し、詳しく教えてください・・・
数ヶ月前にお二人の関係が始ったとおっしゃいましたが、
そこのところから、もう少し詳しく・・」

熊谷に聞かれるままに、ゆり子はカラオケ店で偶然出会い、一目惚れして、その日の内に男女の
関係を持ったこと、それ以来、週に二、三度逢瀬を続けることになったことを説明しました。

「奥様のお話を聞く限りでは、お二人の関係は、ホストとお客のような金銭のやり取りがなく、
純粋な愛人関係だったと受け取れるのですが、そう理解して、いいのですね・・・」

熊谷の質問にゆり子が黙って頷いています。

「圧村さんが組員だと何時頃から判っていましたか・・?」

「最初に会った時から、何となく、素人じゃないと思っていました。
二、三度会うと・・、確信を持つようになっていました・・」

「恐いと思うことはなかったのですか・・?
騙されて、金銭を要求されたり、もっと酷いことをされる心配をしなかったのですか?」

「最初は少し気になりました・・、
でも・・、いつも和夫さんは優しくて、嫌な思いをしたことがなかったのです。
それで・・、何度か会っている内に気にならなくなりました・・
ただ・・・」

ここでゆり子が口を閉ざし、少し紅潮した顔を伏せました。なにやら恥ずかしがっている様子
です。

「ただ・・、何ですか・・・?
奥さん・・、よろしかったら、全部話してください・・」

「ハイ・・・、
恥ずかしいのですが、全部申し上げます・・・。
彼は主人とは違うやり方で私を愛してくれました・・。

ビルの陰だとか、公園の中だとか、それまで経験したことがない場所で抱かれました。レストラ
ンなどでも、他人の眼を盗んで恥ずかしい悪戯をされました。ホテルでも、煌々と照明が点いた
中で、思いも寄らない、死ぬほど恥ずかしい格好で、ビデオで撮られながら抱かれました。後で、
そのビデオを見ながら、また抱かれることになるのです。

ある時、それまで行ったことがないビルの一室で抱かれたことがありました。ホテルでなく、人
気を感じない倉庫の中に居るような気がしました。いつものように彼の愛撫で夢中になった時、
突然、周りの灯りが点きました。

私達・・、数人の観衆が見つめるステージの上で抱きあっていたのです。とっても驚きましたが、
彼が大丈夫だと言うし、私は既に恥ずかしい姿を曝しつくした後でしたから、いまさら騒いでも
仕方がないとあきらめて、彼の言いなりになって、最期まで済ませました・・・。

あれって・・、セックスショウというのでしょう・・・、
ああ・・、どうしょう・・、これって、違法なんですよね・・」

うっかりしゃべってしまって、ゆり子は困った表情を浮かべています。熊谷が黙って頷いて、人
差し指を口にあてて、ニッコリ微笑んでいます。

「ああ・・、ありがとうございます。
どうかご内聞にお願い申します。この件は主人にも内緒にしています。

ただ、このようなお話をすると、嫌がる私に無理やり酷いことをしたように聞こえると思いま
すが、決してそうではありません。私自身、そんな恥ずかしい行為を楽しんでいたのです。
そんな私の気持ちが判っていて、次から次と新しい刺激的な遊びを彼は考えてくれたのです。

セックスショウの件ではさすがに私も文句を言いました。彼は素直に、『・・もうしない・・』
と謝ってくれ、セックスショウはその一度の経験で終わりました。

それでも、こんなことをしていては、堕落してダメになるかもしれないと思うことが何度もあり
ました。そして、私を堕落させるのが目的かなと、彼を疑ったこともありましたが、何度か会って
いる内に、それは私の思い過ごしだと気がつきました。彼なりの愛情表現だと判ったのです・・」

頬を染めて、艶っぽい肢体をくねらせながら説明するゆり子を見ながら、熊谷がことさら難しい
表情を作って、何度も、何度も頷いていました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(383) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/17 (土) 12:08
「奥様のお話しを聞く限りでは、圧村は商売気抜きで奥様とつき会っていたようですね。そう
言ってはなんですが、彼等のような人種にしては珍しいことだと思います。よほど奥様の魅力に
彼は参っていたのですね・・」

熊谷が独り言を言うように、本音を洩らしていました。配下に抱える売春婦を増やすのが女性専
科の組員である圧村の仕事ですから、一年近い長い期間、ゆり子と付き合いながら、彼女を商売
に使わなかったことに熊谷は驚いているのです。彼が言うように圧村にとってゆり子は特別の女
性であったのかもしれません。

熊谷の言葉を聞いて、遠い目つきをしてゆり子は宙を見ていました。その瞳に涙が溢れていまし
た。ゆり子もまた圧村の体に溺れていただけでなく、心も寄せていたのです。

「事件の起きたあの日、和夫さんと夜の12時に、あの森で会う約束になっていて、私はいつも
のように道路脇に車を寄せて待っていたのです。
先ほど申し上げたように、公園で抱き会うのは私達にとって、特別のことではなくなっていて、
気候の良い夜は、出来るだけ公園へ行くようにしていました。

しかし、その日、約束の時間になっても、彼はやってきませんでした・・。

彼は夜の仕事をしていて、時々仕事が抜けられなくなって、それまでも、約束の時間に来られな
かったことが何度もありました。それで、この日も仕事が忙しくなって抜けられなくなったの
だと、私は寂しく納得していました。

しかし、翌朝のテレビニュースを見て判ったのですが・・・、
その頃、彼は死体になっていたのです・・・」

ゆり子がポツリと呟くように言いました。そして大粒の涙を机の上に落としていました。二人の
刑事の表情はそれと判る厳しいものに変わっていました。熊谷刑事が若い影沼に何事か耳打ちし
て、影沼が緊張した面持ちで部屋を出て行きました。

「奥様・・、大丈夫ですか・・、お疲れでしょう・・・
チョッと休みましょう・・」

書記係をしていた婦警の手で部屋にコーヒが運び込まれて、ゆり子と熊谷は楽しげに話し合って
います。熊谷もゆり子もこの地で生まれて育ちましたから、子供のこと、天候のこと、畑の作物
のことなど、地元ならではの世間話で時間をつぶしました。そして、20分ほど経って影沼が
戻ってきました。熊谷を見て、軽く頷いていました。熊谷に指示された全ての準備が整った合図
なのです。

熊谷が笑みを消し、ゆり子に改めて向かい合いました。新しい情報を得て、熊谷の刑事魂に火が
ついたようです。もう・・、容疑者と向かい合う姿勢です。

「それでは奥様・・、おさらいの意味で、
今までお聞きした奥様のお話を、私がここで繰り返し申し上げます。
間違っていたら、訂正してください・・・」

取調べ室の、鏡の向うにある隠し部屋に、立花管理官ともう一人の刑事が詰めています。ゆり子
の話が事件の核心に触れる部分があると判断した熊谷が、影沼刑事に指示して急遽、立花管理官
に連絡したのです。立花管理官とそこにたまたま居合わせた若い刑事・粕屋が取り調べ室の隣の
部屋に来ているのです。

有力参考人として手配していた竹内と敦子が確保できたことで浮き立っていたところへ、圧村の
恋人ゆり子が現れて、事件当夜、被害者とゆり子が犯行現場である土手の森公園で会う約束をし
ていたことが判ったのです。今まで行き詰まっていた事件ですが、ここへ来て次々と重要情報が
集まり始めたのです。興奮を隠せない様子で立花は隣室へ駆け込んだのです。


「・・・と言う経過で・・、
奥様と圧村和夫は、他人眼をしのぶ深い関係になった・・。これで、間違いないですね・・。

お二人の関係はホストとお客の関係のような金銭づくのものではなく、純粋な愛人関係だっ
た・・。少なくとも奥様はそう信じていたし、圧村さんから金銭の無心や、脅かしは一切な
かったことを考えると、圧村さんは奥様を特別の人だと考えていた、私もそう思います。

事件当日、彼との約束で、土手の森公園で会うことになっていたが、約束の午前0時を過ぎても、
彼はそこへ現われなかった。あなたは、午後11時過ぎから、午前2時ごろまで公園内の車道に
停めていた車の中で待って、車から一歩も外へ出なかった。そして、今日は彼が来ないとあきら
めて、あの公園を離れて、自宅へ戻った・・・。

土手の森公園で待っている間も、公園からの帰り道でも誰にも会わなかった。ご主人とは寝室が
別になっていて、自宅へ戻った時、ご主人とは顔を会わせることはなかった・・。

ここまでは間違いありませんね・・」

熊谷の問いかけに、ゆり子がコックリ頷いて、赤裸々に愛人との関係を刑事から説明されて、い
まさらのように恥かしがっています。(1)
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(384) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/21 (水) 15:06
2201(1)

犯行時刻、殺人現場のすぐ側に、被害者と深い関係を持つ女が居合わせていて、その女にも、そ
してもし浮気の事実を知っていれば被害者を憎んでいるはずの女の夫にも、犯行時刻のアリバイ
を証明する人がいないのです。最重要容疑者が二人現れたことになるのです。

熊谷はゆり子から視線を外しました。少し考える時間が必要な様子です。そして、取調室からは
見えないのですが、鏡の奥に居る立花も何事か考え込んでいる様子です。ゆり子は熊谷が考えて
いることが分かる様子で、物怖じしないで真正面から彼を見つめています。ピーンと張り詰めた
雰囲気中で、長い沈黙が続きました。

ようやく考えがまとまったようで、熊谷がゆり子を真っ直ぐ見つめて、ゆっくり口を開きました。

「ところで・・・・、つかぬ事を聞きますが・・・、
ご主人は、奥様が浮気を告白されれるかなり以前から、その事実に気付いていたのではありませ
んか・・、あの事件よりかなり前から、奥さんと圧村さんとの関係をよく知っていたのではあり
ませんか・・?」

鋭い視線をゆり子に向けて、彼女の表情の、一瞬の動きも見逃さない姿勢を熊谷は見せています。
ピーンと張り詰めた雰囲気が部屋中に満ちていました。隣室で聞き耳を立てている立花管理官も
身じろぎもしないでじっとゆり子の横顔を睨みつけています。

その質問を予想していたようで、ゆり子は物怖じしないで、むしろ笑みさえ浮かべながら、熊谷
を見つめ返しています。そして、ゆっくりと口を開きました。熊谷には予想もできなかった、驚
きの内容が彼女の口から飛び出したのです。

「私も・・・、
刑事さんと同じ様に、夫を疑いました・・」

「・・・・・・」

ゆり子の言葉に二人の刑事は息を詰めて、ただ黙り込んでいます。取調室の鏡の向うに居る立花
管理官も驚きの表情でゆり子を見つめています。

「刑事さんがおっしょるように、夫はかなり前から、私の浮気に気づいていたようです・・。
それでも、私が以前にも増して楽しそうに生活しているのを見て、しばらく泳がせる気になった
様です。勿論、その頃、私は夫に浮気がバレているとは夢にも思っていませんでした。

そのまま時間が過ぎたある日、あの事件が起きたのです。圧村さんの事件が報道され、その現場
が自宅に近かったせいもあり、夫はこの事件に最初から強い感心を持ったようです。一方では、
私は必死で平静を装いましたが、夫の眼をごまかすことは出来なかったようで、無理に動揺を押
さえ込んで、正直に感情を出せなかったことで、そのことがさらに彼の疑いを強くした結果に
なっていたのです。

夫は探偵社に頼んで私の行動を調べたりしたわけでありません。日ごろの行動パターンといろい
ろな情報を分析し、私の浮気を確信したようです。最初は、浮気相手が圧村さんだと特定出来て
いなかったのですが、あの事件が発生して、私がひどく沈み込んでいるのを見て、圧村さんが浮
気相手だと見当をつけたようです。

それだけでなく、昨日、彼の話を聞いて驚いたのですが、夫は私が犯人だと思い込むようになって
いたのです。

私と圧村さんの関係は、最初の頃の蜜月期間が過ぎると、二人の間に深刻な金銭上のいさかいが
起こったと夫は考えたのです。刑事さんが心配された筋書きと同じですね・・。やくざと主婦の
純愛なんて誰も、その存在を信じませんからね・・。

やくざの本性を表した彼と切れることもできず、かといって誰にも相談できない私が追いこまれ
て、思い余って、圧村さんを殺したと夫は考えたのです。私は夫の考えをひどい妄想だとその時
は思いましたが、冷静に考えれば、夫の疑いは有りうる話だと今は思い直しています。

そんな最悪のケースを思い描きながら、夫は私を地獄から救い出すと決心してくれていたのです。
昨夜、夫は私に自首を勧めました。逃げ回って一生罪の意識に苛まれるより、思い切って自白し
て、罪を償い、一緒に人生をやり直そうと言ってくれました・・・。嬉しかった・・・・・」

そこでまたゆり子はハンカチを目にあてていました。そんなゆり子に熊谷がやさしい視線を送って
います。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(385) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/23 (金) 14:54
「夫が私を疑っていることなど夢にも思っていなかった私は、圧村さんを殺した犯人を憎み続け
ていました。私だけが知っているあの夜の情報を警察に話せば犯人にたどり着く重要な手がかり
がつかめるはずだと思っていましたが、それでも、今日まで警察に出頭する勇気が湧きませんで
した。そのことでは、刑事さんにも、圧村さんにも、謝らなくてはいけないと思っています。

犯人を憎む気持は日増しに強くなり、私なりに犯人探しをしていました。素人の私ですから、刑
事さん達のように本格的な捜査は出来ませんが、誰も知らない私だけが持っている情報を生かし
犯人像を私なりに推理したのです。

土手の森公園はそれほど有名ではありませんので、地元の人以外があの場所へ行くことはほとん
どありません。まして真夜中、あの森に行く人は皆無だと思います、現に、私達は何度もその時
間、あの森へ行っていますが、一度も他人に会ったことがありません。その意味で、犯人が偶然
あの時間、あの場所へ来たとはとうてい思えないのです。したがって、圧村さんがあの日、あの
時間、あの公園に来ることを知ることが出来た人物が犯人だと・・、私は考えました。

携帯電話で連絡することさえ禁じているほど、圧村さんは慎重な方ですから、彼が私とのデート
を他人に話すはずがありません。それで、彼の周辺には犯人は居ないと思いました。

私の周りで、彼を殺したいほど憎み、彼と私のデート時間と場所を知ることが出来る人物・・、
その人が犯人だと思いました。

そこまで考えて、私は恐ろしい結論に到達していました・・。
すべての状況証拠が、犯人は夫だと、私に教えていました・・・」

熊谷刑事も、鏡の奥に居る立花管理官も眼を一杯開いてゆり子を見つめていました。ゆり子は微
笑さえ浮かべて淡々と話しているのです。


「昨夜、二人で話し合いました・・。

それでお互いが、相手を犯人だと疑って、悩んでいたことが判ったのです。
判ってしまえば、笑い話ですが、二人は本当に真剣に悩みました。
そして、悩みぬいて二人が別々に到達した結論でしたが、
話し合ってみると、おなじ結論に到達していることが判ったのです。

二人とも、相手を説得して、警察に自首させて・・、
その上で罪を一緒に償うと決心していたのです・・。

このまま黙っていることも選択肢にありました。
しかし、夫の勧めもあって、こうして名乗り出たのです・・・。

名乗り出れば、二人とも重要容疑者になると判っていました。
だって・・、犯行時刻のアリバイを証明してくれる人は居ないのですから・・・

でも・・・、
私は夫を全く疑っていません。
多分・・、夫も私を信じていると思います・・」

ゆり子の話が終わると熊谷の表情が柔らかくなっていました。ゆり子と武雄への疑いが、彼の中
ではそのほとんどの部分が消えていたのです。その気持は、鏡の向うにいる立花管理官にも共通
したものでした。(1)
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(386) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/24 (土) 13:35
2203(1)

「刑事さん・・、
話は前後しますが、夫を疑うようになる前に、私の中でもう一人、重要容疑者を取上げていま
した。申し訳ないのですが、私の中ではこの方が容疑者bPだったのです。
・・で、どうしても、この人の素性を知りたいと思い、私は駅周辺の聞き込み調査をやることに
しました・・」

「エッ、奥さん一人で聞き込みをしたのですか・・・
そうですか・・・・、で・・、何時(いつ)のことです・・?
二週間前ですか・・。そうですか・・、

素人の奥さんが聞き込み調査をネ・・
でもどうして、そうな気になったのです・・・」

「彼と電話でデートの約束をした時、
『11時に人と会う約束があるから、それが終わってから森へ歩いて行く・・』
と、彼が言ったのを覚えていたのです。

それで、私・・、最後に和夫さんと会った、この人物が怪しいと思ったのです。
多分その人とは、駅の周りにある飲食店で会ったのだろうと推測しました。

全部の店を回るのは大変ですから、夜の12過ぎまで店を開けている店に絞ることにしたのです。
駅の周りの店は夜11時を過ぎればほとんど閉めることが判りました。12時近くまで開けてい
る店は数軒でした・・・。

それでその数軒の店へ、軒並みにお邪魔したのです・・・」

敦子の証言をここまで聞いて、熊谷と影沼は顔面を蒼白にしています。証言内容そのものも重要
な内容でしたが、敦子が一人で聞き込み調査をした事実が、二人の刑事を打ちのめしていたので
す・・。

「あの夜圧村さんは、あの町で人と会っていたのですか・・・、
その情報をもっと早くつかんでおればなァ・・・・」

最後の言葉を飲み込んで熊谷は悔しそうに下を向いています。事件発生時、初動捜査を誤って、
重用参考人である竹内寅之助と彼の情婦・敦子をまんまと逃がしてしまった苦い経験が熊谷には
あるのです。そして、今、またもや、重大なミスを犯したことに熊谷は気付いていたのです。

ゆり子の話を聞いて、熊谷は駅周辺の繁華街の捜査をほとんどしなかったことをいまさらのよう
に悔いていたのです。被害者圧村の顔写真を持って、聞き込み捜査をしておくべきだったと悔や
んでいたのです。その後悔の念は、次のゆり子の証言により、自己嫌悪するほど絶望感を熊谷に
与えたのです。


「圧村さんと会っていた人物はすぐに判りました・・。

駅裏にある小さな居酒屋のきれいな女将さんが圧村さんの顔をよく覚えていたのです。女将さん
の話では圧村さんと会っていた人は50歳過ぎの方で、頭髪の薄い、背の低い男の方だったそう
です。勿論、私の知らない方でした。

その方は、圧村さんが私に会うため、その店を出た後も居残ってお酒を飲んでいたとのことでし
た。これで、この方のアリバイが証明されたことになり、私の捜査も、推理もここで行き詰まり
になってしまいました・・」

素人捜査が行き詰まって、前に進まなくなったことを、ゆり子はむしろうれしそうに刑事に話し
ました。熊谷は絶望的な表情で鏡の向こうにいるはずの立花を見ていました。


ゆり子の話を隣室で聞いていた立花の指示で、粕屋刑事がその場から居酒屋に飛び、女将の証言
を確かめました。刑事の差し出した写真を見た女将は、あの日圧村と会っていた中年過ぎの男が
竹内寅之助だと即座に証言しました。

事件は8ヶ月前ですが、ゆり子にその話をしてから二ヶ月ほどしか経過していないのです。記憶
力の良い女将にとっては昨日の事のように、圧村のことを思い出すことができたのです。

居酒屋女将の重要証言を得て、竹内には犯行時刻のアリバイが存在することが判ったのです。急
遽、捜査会議が招集されました。連絡を受けた警察庁の伍台参事官も駆けつけてきました。捜査
会議は30分ほどで終わりました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(387) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/28 (水) 17:04
居酒屋家の女将から聞き出した情報は・・、竹内に犯行時刻のアリバイがあるとの情報は、九州
へ飛んだ二人の刑事、尾住と目黒へも直ぐに伝えられました。

うまく竹内を攻めれば、堪えきれずに犯行を自供して、晴れて犯人逮捕もあり得ると、張り切って
九州入りをした二人だったのですが、それが、一転して、竹内のアリバイが証明されたのです。

二人の刑事はとまどいながらも、新しい情報を元に竹内寅之助の取調べを行うことにしたのです。
いや、正確に言えば、容疑者の疑いが消えた竹内は取調べ対象ではなく、事件関係者として聞き
込み調査の対象に変わっていたのです。


全身を包帯で巻き固められた竹内は無残な姿をベッドに横たえていましたが、意外と元気で、主
治医からも短時間であれば取り調べは問題ないと許可が出ました。

「襲ってきたのは数人でした。顔見知りの男は一人もいませんでした・・。
熟睡中いきなりたたき起こされ、何がなんだかわからないまま、ボコボコにされました。
彼らは終始無言で、そうした手荒い仕事に手馴れている様子でした。
私はほとんど抵抗することも出来ないでいました。
気がついた時は病院のベッドの上でした。

こんなことになったのは自業自得だと思っています。
事業に失敗して、文字通り東京から夜逃げした身ですから・・、
たくさんの恨みを買っています。
襲ってくる相手の心当たりは、それこそ数え切れないほどあります・・」

襲ってきたのは、借金を踏み倒したヤミ金の手のものだと竹内には判っているのですが、そのこ
とをはっきりと警察には告げないつもりのようです。当たり障りのないことを言っています。

「今までも、何度か、見張られている気配を感じ取って、そのつど姿を隠していました。
ここしばらく、気配を感じなかったので、油断していました・・。

それにしても・・、私ごときの傷害事件に警視庁の刑事さんが出てくるとは・・・、
夢にも思っていませんでした・・」

警視庁から刑事が派遣されたことに竹内は驚いていました。ヤミ金からの借金を踏み倒したこ
とが、警視庁が出張るほどの刑事事件になったことに戸惑いを隠しきれない様子なのです。


「圧村和夫さんをご存知ですね・・・」

「圧村和夫・・・・?
ああ・・、そうですか・・・、あの事件のことで・・・。

彼の殺人事件の捜査で・・、
そうですか・・、それで判りました・・・・」

圧村の名前を聞いて、警視庁の刑事が出張って来た理由を竹内寅之助はようやく理解したのです。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(388) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/29 (木) 20:59

「あの日、圧村和夫さんと、
居酒屋『佳代』で会っていましたね・・」

「確かに、あの事件当日・・・、
多分・・、彼が殺される数時間前だと思います。
彼と『佳代』で会っていました。

新聞報道で彼の死を知り、そのことを証言するべきだとは思いました。
しかし、その頃・・、私は夜逃げの準備に追われていて、
とても・・・、その気になれなかったのです。
申し訳ありませんでした・・」

居酒屋『佳代』で圧村と会っていた事実を竹内はあっさり認めました。二人の刑事が驚くほど、
悪びれた様子もなくその事実を認めたのです。

「圧村さんとはあの日、初めて会ったのですか、
それとも、以前からの知り合いだったのですか・・」

「彼には何度か女性を・・、
ああ・・、まずいな・・・・。
刑事さんを前にしては・・・、言いづらいですね・・」

竹内が口ごもって、口を閉ざしています。苦笑いをしながら尾住刑事が口を開きました。

「竹内さん、大切なことですから、全て正直に教えてください・・。
我々は殺人事件の捜査をしていますから、
それ以外のことに関しては、よほどのことがない限り眼を瞑ります・・」

「そうですか・・、しかたないですね・・、全て話します・・。
今から話す事は、これからは決してしませんから・・。
今度だけは大目に見て許してください・・。

実は・・、彼から定期的に女を世話してもらっていたのです。

その支払いが遅れていて、あの日も、彼が取立てに来たのです・・・
無理して作った100万円を彼に支払いました・・」

「その借金の原因になったのは、
竹内さんと一緒に居る女性・・、
確か敦子さんと名乗る女性なのですか・・」

「いえ・・、彼女は売春婦などではありません・・・。
私からは彼女の素性は一切言えませんが、彼女はずぶの素人です。
ひょんなことで私と不倫の関係になり、夜逃げする時、泣き落して、
一緒に逃げたのです・・。

何の罪もない彼女を巻き込んだことを反省しております。
彼女と彼女の旦那様には申し訳ないことをしたと後悔しております。

これ以上彼女に迷惑をかけるわけには行かないのです・・
彼女のことに関しては何も申し上げることはありません・・」

敦子のことは金輪際話さないと決めているようで、取り付く島もない様子を見せています。竹内
のその様子を見て、敦子のことをこれ以上竹内から聞きだすのは無理だと尾住刑事は判断しまし
た。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(389) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/30 (金) 20:50

「それでは話題を変えます・・・。
あの日、居酒屋「佳代」内の様子を思い出して欲しいのですが・・、
100万円を支払った時、圧村さんはそのお金をのどこに収めましたか・・」

死体発見時、財布も、免許書もすべてハンドバックの中に残っていたので、物取りではないと警
察は判断していたのです。それが竹内から受け取ったはずの100万円がどこにも残っていない
のです。100万円を狙った犯行の線が急浮上してきたのです。本部からの指令もあり、尾住刑
事は100万円の行方を探る手がかりを何とか引き出したい様子です。

「100万円は銀行から引き出したまま、銀行の紙封筒に入れていました・・。
彼は紙封筒の中身を確かめ、それを自分の白いハンカチで包んで、黒い手提げカバンに仕舞いこ
んでいました。そういっては何だが、取り出したハンカチが、彼には不似合いなエジプト綿の上
質な物だったからはっきり覚えています・・」

貿易商だった竹内はハンカチが一目で高級なエジプト綿だと見破っていたのです。

「取引が終わった後、酒を勧めたのですが、ほとんど飲まないで、
これから人に会う約束があると言って店を出て行きました・・」

「彼が出て行ったのは何時ごろですか・・?」

「良く憶えていないのですが・・、
11時にあの店で会う約束をして、時間通りに彼はやって来ました・・、
それから多分、30分ほど話しあって別れたと思います・・・」

「11時30分頃、彼は店を出たのですね・・、
それで、竹内さんは何時頃、店を出たのですか・・」

「憶えていませんね・・・、だいぶ遅かったと思います。
金をむしり取られて、むしゃくしゃしていましたから・・、
がぶ飲みしたことは憶えています・・、

女将がカンバンだと言うので、飲み足りない思いでしたが、
店を出て、家に着いた時、3時を過ぎていたと思います・・」

「その日、竹内さん達の他に客は居ましたか・・・」

「憶えていませんね・・、閑散としていたことは確かです。
あの店は良く行く店で、いつもは顔見知りの常連客でいっぱいですが、
あんなに遅い時間に行ったのは初めてだから・・」

「ありがとうございました・・・、
これで、事情聴取を終わります、お休みのところありがとうございました。
我々はこの後、空港に向かい東京へ戻ります。
何かあればまた連絡しますので、その時はよろしくお願い申します・・・」

「そうですか・・・、東京へ帰るのですか・・・。
ところで、今回の傷害事件について、
警視庁はどの程度、関心を持っているのですか・・」

どうやら、竹内は自身の傷害事件をあまりつつかれたくない様子です。

「傷害事件には警視庁は今のところ関心を持っておりません。
こちらの警察が十分調べてくれると思います・・」

ヤミ金が放った追っ手の動向を竹内が心配しているのを良く知っていながら、尾住刑事は努めて
事務的に答えていました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(390) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/02 (月) 11:49

ここで、話を捜査本部が置かれた警察署内に戻します。ゆり子の事情聴取は2時間ほど続きまし
た。それが終わった後、武雄が部屋に呼び込まれて、事情聴取されました。警察はゆり子から聞
いた内容を元にして、武雄にいろいろ質問をぶつけました。武雄は滞ることなく全てを正直に語
りました。彼の証言はゆり子とほぼ同じ内容でした。

この時点で警察は二人の無罪をほぼ確信した様子でした。武雄の事情聴取が終わりに近づいた時、
武雄が思い出したようにして、あのハンカチのことに触れました。そのハンカチは、ゆり子の浮
気相手が圧村だと、武雄が確信した証拠の品でしたが、殺人現場からかなりはなれた場所でその
ハンカチを愛犬・健太が見つけたので、事件とは直接かかわりがないと武雄は判断していたので
す。

「多分・・、妻が話したと思いますが・・・、
事件後一週間近く経った頃だと思います・・・。興味半分で現場近くへ行きました。現場はその
頃、未だ黄色いテープが張り巡らされていて、近づくことは出来ませんでした。それで、仕方な
く付近を歩き回っていた時、家(うち)の飼い犬が被害者のハンカチを見つけました・・」

聞くべきことは全て聞き終わったと少し気を緩め始めていた熊谷刑事が武雄の言葉に強く反応し
ていました。

「ハンカチですか・・、
はて・・、ところで・・、
どうしてそのハンカチが圧村さんのものだと判ったのですか・・?」

興奮を抑えながら、熊谷刑事がさり気なく探りを入れています。ハンカチの言葉に熊谷以上に反
応したのは、鏡の向こうにいる立花管理官でした。この少し前、九州へ出張して竹内と面談した
尾住刑事から、竹内から聞きだした情報の報告が立花管理官に届いていたのです。

竹内が圧村に手渡した100万円の札束を圧村は自分のハンカチに包みこみ、ハンドバックに入
れたのです。まさにそのハンカチが事件現場からかなり離れた場所で武雄が拾得していたのです。
武雄の話を聞きながら、立花は興奮で全身を震わせていました。真犯人を特定できる証拠が遂に
出てきたのです。


「妻が圧村さんにプレゼントした物で、
○▽屋の特製ハンカチですから、私達が見ればそれと判りました」

「そうですか・・、
すぐにでも連絡してほしかったですね・・」

「スミマセン・・・
妻の浮気が公になるのが嫌でしたから・・、
今日まで連絡することが出来ませんでした・・・。

処分の対象になるのでしょうか・・?」

重要な事件の証拠品を一時的にせよ隠匿した罪を、武雄は気にしているのです。

「厳密に言うと違法な行為ですが、私からはなんとも申し上げることは出来ません。ただ、遅れ
ばせながら今日、届け出たわけですから、それほど大きな罪にはならないと思います。私からも
口ぞえします・・・」

「よろしくお願いします」

「ところで・・、
それを取得した場所は、今でも判りますか・・・」

「行き慣れた森ですので、多分、判ると思います・・」

「ああ・・、それはありがたいですね・・
チョッと待ってください・・・」

熊谷がそう言って席を立ち、部屋を出ました。どうやら、立花の指示を確かめるため熊谷は部屋
を出たようです。

熊谷が急ぎ足で取調室へ戻ってきました

「これから、金庫さんの家へ同行して、そのハンカチを受け取り、
ご面倒ですが、お宅の飼い犬と一緒に、取得現場に行きたいのですが・・」

それから、大騒ぎになりました。もう、武雄とゆり子を容疑者と考える者は、警察内に誰も居ま
せんでした。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(391) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/03 (火) 13:59
刑事三名が武雄とゆり子に同行して、一旦金倉家に戻りました。問題のハンカチはゆり子が大切
に保管していました。どうやら、事件後8ヶ月経過している上、武雄やゆり子が触ったため、ハ
ンカチから犯人に繋がる証拠の検出は難しそうです。

刑事三人と武雄は健太を連れて現場に出向きました。武雄は迷わず森の中へ分け入り、ハンカチ
を拾った場所を警察に教えました。目立つ大木がある場所でしたので、迷わずその場所を特定で
きたのは武雄にも、警察にとっても幸いでした。

遺体が放置されていた場所とハンカチが見つかった場所は500メートル近く離れていました
ので、どうやらハンカチが見つかった場所は事件発生時警察が捜査をしなかった場所だったよう
です。

改めて多数の警察官が動員され、付近の捜査が実施されました。その結果、凶器と考えられるこ
ぶし大の石が発見されました。深いブッシュの中に落ちていたので、適度の湿気に守られていた
せいでしょうか、石の表面に付着していた血液と皮膚片が二種類採取されました。その内、一種
類の血液と皮膚片は被害者の物と断定され、もう一つのサンプルは犯人の物と推測されたのです
が、警察に保管されているDNAサンプルデータに一致する物はありませんでした。

犯人こそ特定できませんでしたが、犯人と考えられる重要容疑者のDNAが凶器から採取された
ことで捜査本部は勢いづきました。そして、ゆり子が所轄署へ出頭してから三日後、犯人が特定
されたのです。逮捕状の請求が出来る条件が整ったのです。

逮捕状が発行されたその日はよく晴れた日でした、4名の捜査本部刑事と所轄署からの応援者1
6名、計20名の捜査官がパトカーに分乗して、まだ朝もやが消えていない早朝、土手の森公園
がある町へ向かいました。
[Res: 2196] 一丁目一番地の管理人(392) 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/04 (水) 12:37
風向井 篤(40歳)はその日も大工仕事にあぶれていました。もう・・、何日も親方から呼び
出しが無いのです。どうやら、たいして腕もないのに、文句ばかり多くて、手の遅い風向井を親
方は見限ってしまって、仕事に呼び出さなくなっているようなのです。

180センチをはるかに超える身体を持て余すようにして風向井はベッドの上で身体を捻りまし
た。100キロを越える体重に耐えかねて、粗末なベッドが軋み音を上げています。その時、扉
を叩く音が響きました。

めったに来訪客は無いのです。来るとすれば管理人が家賃の取立てに来るくらいですが、稼ぎの
少ない彼にしては珍しく、二ヶ月先まで前払いを済ませていますから、管理人を恐れる心配は無
いのです。

「ハ・・・・イ・・、
どなたですか・・・」

六畳一間に狭い流しと洗面所が付いたアパートですから、ベッドの上にいてもドアー越しで来客
と対応できるのです。

「朝早くから失礼します・・・。
近所に新規開店したスーパーの者ですが・・・、
ご挨拶でご近所を回っています・・。
たいしたものではありませんが、スナックをサービスで配っています・・」

野太い男性の声が答えました。朝食前の風向井は、何も疑いを持たないで、扉を大きく開きま
した。捜査員がなだれ込みました。


居酒屋の女将の証言で、あの日、あの時間、竹内と圧村の他にただ一人お客がいて、その人物が
常連客の風向井であることはすぐに判明しました。警察は、風向井の身辺調査を慎重に始めまし
た。すると、8ヶ月前の事件発生直後、2ヶ月ほど滞納していた部屋代を一括納入していたこと
が判りました。さらに、その時、風向井は10ヶ月分の部屋代を前払いしていたのです。この時、
総額70万円ほどの出費になったはずです。

そして、風向井の身辺調査をしていた警察は決定的な証拠をつかんだのです。風向井の捨てたご
みの中にあったちり紙から採取したDNAと凶器にへばり付いていた皮膚片のDNAが一致した
のです。

風向井はあの日も仕事に干されていて、家賃を二ヶ月以上滞納し、その日はいよいよ追い込まれ
て、朝から満足な食事も取れない状態だったのです。つけで飲み食いするつもりで、夜の10時
過ぎ佳代に入ったのです。そして、聞くともなしに聞いていた圧村と竹内の会話内容から、竹内
が取り出した物が大金の紙包みだと見破っていたのです。

店を出た圧村の後をつけながら、風向井は金包みの入ったハンドバッグを奪う算段をしていまし
た。しかし、彼とおなじ程度の体格を持ち、見るからに喧嘩の強そうな圧村を襲い、ハンドバック
を奪う自信が彼には湧かなかったのです。下手をすれば、その場に叩きつけられ、警察に突き出
されるかもしれないと思ったのです。

良い思案が浮かばないまま、風向井は尾行を続けました。あきらめようと思った時、圧村の足が
街中から、人気のない河原に向かい、そして暗闇の土手の森に向かったのです。風向井はこれこ
そ神が与えてくれたチャンスだと思ったのです。


暗がりを利用して、背後から、足音を忍ばせて、圧村に急接近し、手にした拳大の石で彼の頭部
に一撃を与えたのです。血を吹き、倒れこんだ圧村の手にあるハンドバッグの中から、金包みを
抜き出し、後も見ないでその場から逃げました。

殺すつもりはなかったと風向井は自供しました。凶器の石は逃げる途中、金を包んでいたハンカ
チと一緒に森の中に棄てたと言いました。

奪った金は部屋代と飲食代で使い切り、二ヶ月先まで家賃を払っているのが唯一の残金だと言い
ました。こうして、あっけなく土手の森組員殺人事件は解決しました。
[Res: 2196] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2012/04/07 (土) 15:57
新しい章を立てます。   
               ジロー

[2178] 一丁目一番地の管理人(その26) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/30 (月) 15:15
殺された輪島組の構成員、圧村和夫には、彼にはいかにも不似合いな愛人がいることが判りま
した。彼の愛人、金倉ゆり子は土手の森公園のある町に住む主婦です。ゆり子の存在は警察は勿
論、圧村の仲間も知らないようです。

ゆり子が警察に出頭して、圧村との愛人関係を話せば、事件は一気に新展開を迎えるはずですが、
とうていゆり子にはその勇気が湧かないようです。このままではこの事件は迷宮入りする可能性
さえ見せ始めているのです。

逃亡した竹内寅之助、彼の愛人・朝森敦子は無事に逃げ終えることが出来るでしょうか、事件と
ストリーはいよいよ終盤に入りますが、のんびりと語り続けます。ご支援ください。

毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                      
                                      ジロー
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(その26) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/01 (水) 13:15

疑 惑

忘れようとしても、日が経つにつれ、より鮮明に圧村と過ごした日々がゆり子の脳裏に浮かび上
がっていました。都心のカラオケ店で初めて出会った時のこと、そして、ビルの陰で初めて彼に
抱かれて、そのあまりの快感で失神してしまったこと、土手の森公園や、ホテル、そして車の中
で彼に抱かれた日々のこと、それらが昨日のことのように思い出されるのです。

珠子に誘われてカラオケ・レストランに行く習慣は続けていますが、圧村を失って以来、なにや
ら空しくて本当は行きたくないと思うことが多いのです。ただ、珠子に不審感を抱かせることを
警戒して、レストランに行く習慣は続けているのです。


事件発生から二ヶ月も過ぎると、地元のメデイアでも一切事件のことは扱わなくなりました。そ
の扱いに反比例して、ゆり子の事件への関心は高まっていました。地元署に捜査本部が置かれて
いることをゆり子は勿論知っていました、できることなら、捜査本部の捜査状況を知りたい、ど
の程度まで犯人像に警察が迫っているのか、その実態を知りたいとゆり子は切望しました。

何の伝もないゆり子が捜査本部の事情を知る手段は勿論ありません。それでも、週刊誌や、イン
ターネットなど、あらゆるメデイアの情報を集めて、一通りの知識を持っていて、どうやら警察
の捜査が行き詰まっていることを知っていました。そして、その行き詰まっている捜査状況を好
転させる有力な情報をゆり子自身が握っていることを彼女は自覚していたのです。


「この事実を話せば、捜査は大きく進展するはずだけれど・・、
これだけは、できない・・、
家族を犠牲にすることはできない・・・」

毎日、事件のことを考えながらゆり子は苦悩しました。

「圧村さんの死体が何故、土手の森公園で発見されたのか、
何故、圧村さんがこの町へ来て、公園まで足を延ばしたのか、
その理由を、おそらく警察は掴んでいないだろう・・・・・。

その理由を知っているのは、おそらく私だけ・・・」

最期に行き着くのはいつもこの結論でした。この事実を警察に告げれば、案外簡単に、犯人は逮
捕されるとゆり子は考えていました。しかし、警察に行く決断できなかったのです。それでいて、
犯人を憎む気持ちは日増しに強くなっていたのです。そして、行き着いたのは、犯人を彼女自身
で探し出すことでした。

素人で、一歩も家庭から出たことがない主婦のゆり子が警察でも手を焼いている犯人探しができ
るはずがなく、そんな望みを持つこと事態、奇異に思えるのですが、毎日のように事件のことを
考えていると、自然とそんな発想が彼女の中に湧きあがっていたのです。


「あの日・・、
圧村さんは私と、森の公園で会う約束をしていた。
それを知っているのは私と圧村さんだけ・・。

そして、あの日、圧村さんは仕事で人と会う約束をしていた。
打ち合わせの後、徒歩で公園へ来ると言っていた・・・。
・・と言うことは、打ち合わせ場所はこの町のどこか・・
公園から徒歩圏内にある場所だ・・・。

この町のどこかで、圧村さんと会った人物、
彼か・・、彼女か・・、
その人物・Xが事件のカギを握っている・・・」

ゆり子の住む町のどこかで、おそらく喫茶店か、居酒屋の片隅で圧村とXは話し合いをしたに違
いないとゆり子は結論付けました。そして、池袋の街角で買春婦を斡旋している圧村に、ビジネ
スマンのような商取引の打ち合わせが必要になるはずがなく、その話し合いの内容はどこか後ろ
暗い、女か金にまつわるいざこざだとゆり子は想像したのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(364) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/03 (金) 13:39
圧村の仕事場からゆり子の町へ来るには、地下鉄を乗り次いで来るのが普通のルートです。そし
て、打ち合わせ場所としてこの町が選ばれ、Xがそれに同意したということは、Xはこの町の住
人であるか、少なくとも土地勘のある人物と考えていいのです。

ここまで考えて、とりあえず、あの日、圧村とXが打ち合わせをした場所を特定することから調
査を始めるべきだとゆり子は考えました。


夜12時近く、ゆり子は駅周辺を歩き回りました。駅周辺の商店街は案外狭く、その上、サラリ
ーマンの帰宅時間を過ぎる10時過ぎには、大体の店は閉めるのです。12時近くまで開いてい
る店は数軒しかないことが分かりました。その事実を確かめて、ゆり子は小躍りするほど喜んで
いました。これなら簡単に調べられると思ったのです。そして、翌日のお昼過ぎ、一軒、一軒聞
き込みを開始しました。

聞き込みを開始して3軒目に、案外簡単にヒットしました。身長が高く、イケ面の圧村は印象が
強かった様子で、駅裏の小料理屋の女将が圧村を覚えていました。

「この人、知っている・・・、
それまでに、一度も来たことがない人だったし・・、
こんなにイケ面で、背が高いでしょう・・、
女なら、誰でも忘れないよ・・・」

ゆり子と同年輩で、丸顔で垢抜けした美人の女将がゆり子の差し出した写真を手に取り、懐かし
そうに話しました。

「何日(いつ)だったかな・・・、
日付まで、はっきり覚えていないけれど・・、
カンバンが近い遅い時間だったことははっきり覚えている・・。
それまで、お馴染のお客が一人きりだったからね・・・。

そう・・、そう、
彼と、もう一人背の低い、頭髪の薄い中年男が一緒だった・・」

遂に謎の人物が登場したのです。背の低い、禿の中年男がXだと判ったのです。ゆり子は高鳴る
胸の鼓動を自身ではっきり感じ取っていました。こんなに簡単にXにたどり着くとは夢にも思って
いなかったのです。 
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(365) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/04 (土) 12:14

「ところで、この方・・、何と言う人・・、
そう・・、木村さんて言うの・・・、
名前も良いわネ・・」

咄嗟の判断でゆり子は圧村の名前を伏せました。女将がにんまり笑って、ゆり子の顔を覗きこむ
ようにして尋ねました。

「それで貴方との関係は・・・?」

「・・・・・・・」

「もしかして、不倫のお相手・・?
隠さなくても良いのよ、こんな商売だからなんとなく判るの・・、
いいわね・・、うらやましい・・」

唐突な質問にゆり子が当惑しているのを笑ってみながら、女将は一人で納得しています。

「でも、この店へ人探しに来るっていうことは・・・、
彼との仲が上手く行っていないのネ・・・、
突然連絡が途絶えたとか・・、よくあることョ・・・」

これも図星です。ゆり子は笑みを浮かべて女将の推理を聞く姿勢を示しています。

「それに・・、彼・・、素人ではないでしょう・・・。
あなたはどこから見ても良家の奥様・・・。

危ない火遊びね・・・・
でも一度彼の味を知ると、女をそれが忘れられなくなる・・。
どう・・、図星でしょう・・、うらやましい・・・・・、

でも・・、あなたも・・きっと、苦労するよ・・・・・」

身に覚えがあるようで、女将は他人事でない口ぶりです。

「でも・・・、彼となら・・・、
私だって・・、酷い目に合うと判っていても、
苦労をしてみたい・・・・
ウフフ・・・、ゴメンナサイね・・」

おしゃべりで、勘の良い女将は、ゆり子と圧村の関係をかなり正確に見通していました。ゆり子
は観念した様子でことさら隠す様子を見せないで、所々でコックリ頷きながら、苦笑いをしてい
ます。その態度が女同士の親近感を更に高めたようで、女将の口は更に滑らかになっていました。

「そういうことなら、何とか力になるわ・・・・
一寸、待って・・・
だんだん、思い出してきた・・・・」

女将は自身で推理したゆり子の境遇に共感して、他人事ではない様子を見せているのです。それ
に、お昼を過ぎ、夜の忙しい時間までには少し間がある暇な時間帯であったこともゆり子に幸い
したようです。女将はゆったり構えて、熱心にあの日の記憶を掘り起こそうとしています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(366) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/07 (火) 14:34
「そう・・・、そこに二人は座った・・・
もう一人のお客様、お馴染みさんは、いつもの場所、奥のテーブルだった・・」

当日のイメージを頭に思い浮かべる仕草をして、入口から一番離れたカウンターの奥を女将は右
手で指示(さししめ)しました。

この店には、数人座れるカウンター席と、4人がけのテーブルが三つ置いてあるのです。女将の
記憶が正しいとすると、その日、その時間、客は三名しかいなくて、馴染み客が一人、奥のテーブ
ル席に居て、圧村と中年男がカウンター席に座っていたのです。

「何か大切な用件があるようで、酒は後にすると言って、
二人は真剣な表情で、それでも和やかに話し合っていた・・。
親しい友達関係には見えなかったけれど、喧嘩をしている様子はなかった。

しばらく話し合った後、背の低い中年男が紙包みをカバンから取り出し、
木村さんに手渡した。

木村さんは、紙包みを受け取り、
持っていたハンドバックに大切そうに仕舞いこんでいた・・・。

私の勘だけれど・・・、
あの紙包みは、お金ネ・・・、
100万円・・、多分間違いない・・・」

女将は記憶力が良いようで、二ヶ月以上前の、当日の様子を克明に憶えていて、それを丁寧に話
しています。

「お金の受け渡しが終わると、二人の話し合いは終わったようで、
酒を注文して二人は飲み始めた・・。

その中年男はお酒好きな様子で、ぐいぐいと飲んでいた・・。
木村さんもいける口のように思えたけれど、
時々、時計を見ながら、落ち着かないようすだった・・。

それでも、しばらく二人で飲んでいた・・・。
やがて、しびれを切らしたように木村さんが立ち上がった・・。

私もカンバン時間を気にしていたから、その時間を良く覚えている・・、
12時少し前に、彼は席を立ち、店を出た・・・」

ゆり子との約束の時間が12時ですから、圧村は店を出て、そのまま、徒歩で公園に向かったと
ゆり子は考えました。

「その中年男はどうしましたか・・・、
一緒に店を出たのですか・・・・」

「さて・・、良く憶えていないけれど・・・、
多分・・・、彼はお店に残ったと思う・・、
木村さんは一人で出た行ったはず・・」

女将が宙をにらみ当日の記憶を掘り起こそうとしています。ここが犯人割り出しの大切なポイン
トですから、すがりつくようにゆり子は女将に視線を向けています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(367) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/08 (水) 10:58

「そう、そう・・、思い出した・・・。
木村さんがお勘定しようとしたら・・、
中年男がその手を押さえて、彼が払うと言っていた・・。

そして・・、奥に居たお客さんも木村さんの後から出て行った・・・、
お店に残ったのはその中年男、一人だった・・」

ようやく当日の光景をはっきりと思い出したようで、女将が得意そうな表情で、断定的にゆり子
に説明しています。ゆり子が嬉しそうな表情を浮かべています。

「彼は、それから一時間以上は飲んでいたわね・・、
私・・・、カンバン時間を気にしていたから、良く憶えている・・。
間違いない・・・・・・」

圧村が店を出た後、その中年男は店に止まり、酒を飲み続けていたのです。これでその中年男の
アリバイは証明されたことになります。


思いつきで始めた聞き込み調査は大きな成果を上げましたが、てっきり犯人だとゆり子が思って
いたXにはかなり明確なアリバイが存在したのです。

X以外に犯人が存在する。ゆり子はそう確信しました。その犯人・Yは圧村が公園に行くことを
知っていた・・、あるいは彼の後をつけて・・、公園で犯行に及んだのです。

Yは誰か・・・。

ゆり子の推理はここで全く動かなくなりました。ゆり子の持つ情報が少なすぎるのです。も
し・・、ゆり子がつかんだ情報を警察に届ければ、事件は一気に解決する可能性があったので
すが、この時点でもゆり子は警察に行く決断をしませんでした。


それから、来る日も、来る日も、ゆり子は事件のこと、圧村と過ごした日々を思い出し、悶々と
して過ごしておりました。しかし、ゆり子にも生活があります、事件のことばかり考えてはいら
れないのです。

居酒屋での聞き込みから一ヶ月が過ぎ、そして、三ヶ月過ぎると、さすがに、あの殺人事件のこ
とを考える時間が少なくなり、事件発生から、8ヶ月近く経つとゆり子はほとんど事件のことを
考えなくなりました。いえ・・、考えることに疲れ果てたと言うのがゆり子の現状をより正確に
表現していると思います。

それでも何かの弾みで、圧村と過ごした楽しい時間を思い出すことがあります。彼との思い出は
楽しいことばかりで、ゆり子は涙ぐみながらも、思い出の中で、もう一度、圧村に抱かれ、想像
の中で奔放に女を燃やし尽くしていたのです。

そして・・・、思い出から現実に戻ると、ゆり子はやりきれない寂寥感に取り込まれました。

「私・・・、
このまま、女を終えるのかしら・・・」

50の坂が見え始めていることもあり、再びあのきらめく感動の時間は自分にはもう・・、やって
来ないだろうと思うようになっていたのです。このころには、犯人を捜す意欲は完全に失しなって
いました、それだけでなく、日々の生活に張りをなくしていたのです。圧村と付き合っている頃に
比べると、20歳近く年をとったように見えるのです。(1)
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(368) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/09 (木) 11:56
2183(1)

ある休日の昼下がり、ゆり子は日当たりの良い、縁側に腰を下ろして、珍しく縫いものをしてい
ました。そこへ、庭仕事をしていた夫・武雄がやってきました。手に布切れをぶら下げています。

「犬小屋を掃除していたのだが・・・、
こんなものを健太の小屋の中で見つけたよ・・・」

夫が手にした布切れを見て、ゆり子は全身の血が引くような気分になりました。おそらく彼女の
表情にもはっきりと驚愕の印が表れたはずです。しかし、武雄はゆり子の変化に気がつかない様
子です。

「私か、お前の物かと思ったが・・、
イニシャルが違うから・・、
健太がどこかで拾ってきたものだね・・」

武雄が手にした布きれは、男物のハンカチで、KAのイニシャルが刺繍してありました。ゆり子
が圧村和夫にプレゼントしたものです。実はこのハンカチはゆり子の町にある有名ブテイック特
製の製品で、見る人が見ればそれと判る品なのです。勿論、夫・武雄も、ゆり子自身もこのブテ
イックのハンカチを愛用しているのです。

「そうね・・、
何処で拾ってきたのかしら・・、
こちらに下さい・・、私が棄てておきます・・」

冷静さを取り戻したゆり子はそう言って、夫・武雄からその布切れを受け取りました。

もし、警察の手にこのハンカチが渡っていれば、それが街の有名プテイック特製の品だと判り、
その発注者であるゆり子の名前が浮かび上がったはずなのです。健太は意図しないでゆり子を
救ったことになるのです。

布切れを手渡すと、武雄が縁側に腰を下ろしました、少し庭仕事を休むつもりのようです。子供
たちが家を出て行って以来、不眠症にかかり、朝の苦手なゆり子と、朝の早い武雄の間にすれ違
いの生活習慣が定着して、食事時以外二人がゆっくり話し合うことが少なくなっているのです。
こうして、縁側に二人のんびり座ることなど、久しく絶えていたのです。

少し驚いた様子で、それでも嬉しそうにゆり子は立ち上がり、甲斐甲斐しくお茶の支度を始めま
した。

「すっかり温かくなったネ・・・
もう直ぐ、桜が咲くよ・・・」

ゆり子が入れた煎茶をおいしそうに飲みながら、武雄がポツリとつぶやきました。

武雄の背中を見ながら、ゆり子は黙って頷き、そして庭の隅にある桜の古木に視線を移しました。
それだけのことで、武雄が側にいるだけで、ゆり子はこれ以上は考えられないほど、幸せ感で一
杯になっていました。

武雄の優しい気持ちが彼の身体から匂い立ち、ゆり子の傷付いた心と身体を包んでいたのです。
こみ上げる激情をゆり子は抑え切れなくなって、武雄に気づかれないよう、そっと涙を拭いてい
ました。

〈圧村のことさえなければ・・、
武雄を裏切ってさえいなければ・・、
この幸せな時間を10年先も迎えることが出来ると確信できたのに・・・〉

今の幸せを噛み締める一方で、いまさらのように自身の犯した罪の大きさにゆり子は慄(おのの)
いていたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(369) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/17 (金) 14:39

「ところで・・・
以前から気になっていたのだが・・・
少し元気がないようだが・・、
心配事でもあるのか・・・・」

無関心であれば、とうてい気がつかないゆり子の微妙な変化に武雄は敏感に気がついていたので
す。びっくりした表情でゆり子は武雄を見ていました。圧村の死体発見以来、ゆり子自身は事件
の影響が態度に出ないよう注意をしてきました。さすがに親友の珠子はゆり子の変化に気が付い
ていましたが、『・・あの人とは別れた・・』と言うゆり子の言葉を信用して、それ以上の追求
をしないのです。

そして、〈・・多分夫は気がつかないはず・・、それほど私に関心を持っていないから・・〉と、
武雄には油断していたのです。武雄の優しい気持ちをゆり子はこころからうれしいと思っていま
した。それでも、ここで本音を言い出すわけにいかないとゆり子はここでも嘘を言ってしまった
のです。

「うん・・・、少し・・、
身体がだるい気がするの・・・。
もしかすると・・、更年期の前触れかも・・・、
一度、佐竹さんに診てもらいます・・・」


心中で武雄に謝りながら、塞ぎこんでいるのは体調不良だと言い訳をしたのです。近所の家庭医、
佐竹医院の診断を受けるとゆり子は言ったのです。

「そうか・・・、
それには気づかなかった・・、
女の人は大変だね・・、無理しないようにね・・」

「ハイ・・・」

武雄は振り返って、優しい微笑を見せています。ゆり子は思わず顔を伏せて、そっと涙を拭いて
いました。武雄が驚いた表情を浮かべその涙を見ていましたが、ゆり子が顔を上げる前に視線を
逸らして、元のように背中を見せていました。

〈ここで全てを告白したい・・、
こんな優しい旦那様を騙せない・・。
この瞬間を逃すと一生告白できないかも・・〉

顔を上げ、夫の背中を見つめていたゆり子が思いつめた表情を浮かべていました。

「ダメね・・・、
身体の調子が悪いと涙脆くなって・・・。

ありがとう・・、ご心配かけました・・・、
でも・・、うれしい・・、気にかけてくれたんだね・・、
少し休めば大丈夫だと思う・・

ネェ・・・・・」

ゆり子はそこで口を止めました。次に続く「・・・お話があります・・」、その言葉がどうして
も切り出せなかったのです。

〈ここで告白すれば、私は楽になるかもしれない・・・、
でも・・、旦那様を逃げ場のない、怒りの地獄へ突き落すことになる・・・。

散々裏切り行為を重ねた上に、更に旦那様を苦しめることなど出来ない・・、
私一人が苦しめば良いのだ・・・〉

湧き上がってくる告白の衝動をゆり子は必死で押さえ込んでいました・・。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(370) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/18 (土) 16:22
あの森の事件で、もし圧村がケガをしただけで、命を喪っていなければ、多分ゆり子は全てを武
雄に告白したでしょう。そして、その告白はゆり子の贖罪の気持ちを込めたものになり、武雄が
望めば、ゆり子と圧村に思う存分の処罰を下すことが出来たはずです。しかし、彼が殺された今
となっては、告白は武雄に大きな負担を与えるだけで、彼にとって、何一つプラスにならない、
むしろ大きなわだかまりと、持って行き場のない怒りの感情だけが彼の中に残ることなると、ゆ
り子は気がついていたのです。

下を向いたまま涙を堪えているゆり子の中でそんな心の葛藤が起きていることなど夢にも考えて
いない様子で、武雄はゆり子に優しい視線を送り、茶碗に残ったお茶を一気に飲み干し、庭仕事
の続きをするつもりのようで、ゆっくり腰を上げ、ゆり子に声をかけて、裏庭に向かいました。

そのがっしりとした後ろ姿をぼんやりと、ゆり子はただ呆然と見送っていました。

そして、ゆり子は、圧村が残した薄汚れたハンカチに・・、
ゆり子がしっかり握り締めていたハンカチに・・、視線を移しました・・。

その時・・・、
何の脈絡もなく・・、
突然ゆり子の脳裏に、ある疑惑が浮かび上がりました・・・。

「夫は・・、
私と圧村の関係を知っている・・」

庭仕事に戻る夫・武雄の後ろ姿を見つめながら、ゆり子は声に出して呟いていました。健太の小
屋で拾ったハンカチをゆり子に見せた、その夫の意図をゆり子はこの時、はっきりと理解してい
ました。ゆり子の浮気を知っていることを教えるつもりで、武雄はそのハンカチを届けたのだと
ようやくゆり子は武雄の意図を理解したのです。


ゆり子が圧村と知り合うかなり前のことですが、農協幹部の慰安旅行で近郊の温泉に行った時、
武雄はその地で女を買ったのです。それをゆり子は知り合いから後になって聞いたのです。

男にはありがちなことだと親友の珠子は慰めてくれたのですが、家付きでわがまま一杯に育った
ゆり子はどうしても夫の裏切り行為を許すことが出来なかったのです。

「じゃ・・、どうするの・・?
時間を元に戻すことが出来ない以上、別れるしか道がないよ・・、
そこまでするつもりはないでしょう・・。

それとも、ゆり子も浮気をする・・・?」

ゆり子の機嫌がいつまでも元に戻らないことにいささか手を焼いた珠子が投げ出すように言った
言葉にゆり子が飛びつきました。

珠子は結構遊んでいて、成り行きで浮気をすると言い張ることになった、ゆり子に若いホストを
紹介したのです。ゆり子は夫・武雄にもことさらその行為を隠そうとしませんでした。いえ、む
しろ、一晩無断で外泊して、浮気を武雄に知らしめようとさえしたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(371) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/20 (月) 13:58
幸いと言うか、この事件で金蔵夫妻の仲に決定的な亀裂は発生しませんでした。夫の浮気への仕
返し行為だとはいえ、夫以外の男に初めて肌を許したのです。ゆり子は大いに反省しました。し
かし、素直に武雄に告白して謝ることが出来ませんでした。ゆり子は一人で悩み、一人で引きこ
もり、数ヶ月、二人の間に夫婦関係のない期間が有りました。

武雄は出来た人物で、ゆり子の浮気に感ずいていながら、これといった変化を態度に見せません
でした。根負けしたゆり子が武雄に告白し、武雄が笑って、「・・これでお相子だね・・」と言
い、それで二人の仲は元に戻りました。

この事件を境に、二人の間により強い絆が出来たようです。夫婦というの名の下に、心も身体も
相手を独占できると思い込んでいたことへの反省が、ゆり子と武雄の中に芽生えていたのです。
少し油断をすれば他の女や男に、相手の心や身体が靡くことがある現実を二人は思い知らされた
のです。同時に、相手が他の女や男に身体を許すことへの抵抗感・・、更に言えば嫌悪感が消え、
〈・・そんなことも有りうることだ・・、生身の身体であれば、絶対起こりえないことではな
い・・〉と、相手の浮気を現実問題として捉える素地が二人の中に出来上がっていたのです。

一度浮気を経験したゆり子は気持の上で、浮気への抵抗感が希薄になっていたと思います。子育
てを卒業した余裕も、そんなゆり子の気持を後押ししました。カラオケ店の薄暗い廊下で、一目
で圧村に惹き付けられ、二時間と経たない内に男女の関係を持ち、互いに素性を明かさないまま
逢瀬を重ねる仲になりました。二人共に先行き破綻が見えている仲だと知りながら・・、いえ、
多分それ故にこそ、二人きりの時は全てを忘れて愛欲に淵に深々と沈み、その快楽に酔いしれた
のです。

ゆり子は圧村に惹き付けられながら、その一方では、夫・武雄への愛情をより強くしていました。
奇妙な現象ですが、後ろ暗い、申し訳ないと思う、夫への感情が、ゆり子の武雄への愛情をより
強くしていたのです。
もし、圧村との関係を少しでも夫から追及されれば、正直に全てを打明け、罪の償いをする覚悟
をゆり子は固めていました。そして、その裁きの場が一日でも早く来てくれることを密かに願望
していたのです。

自身では夫に告白する勇気も、圧村に別れ話を切り出す決断力もないのに、夫に圧村との関係が
バレて、圧村との関係が破局を迎える日を、密かに待ち望んでいたのです。

そんな矛盾した気持を抱きながら、圧村に抱かれると、狂ったように彼の唇を、そして肉棒を求
め、狂いに狂っていたのです。嵐が去った後、彼女自身が自身の淫らに乱れる姿を思い出し、い
つも自己嫌悪していたのです。


庭仕事に戻る武雄の姿はゆり子の視界から既に消えているのですが、ゆり子は身じろぎもしない
で武雄の姿が消えた裏庭の方向を睨んでいました。今、ゆり子の脳裏に恐ろしいストリーが描か
れているのです。

〈もしかすると・・・・
いえ・・・、そんなはずがない・・・、
でも・・・、その可能性が一番高い・・・、

ああ・・・、
私はとんでもないことをしてしまった・・・
取り返しのつかないことをしてしまった・・・〉

ゆり子の脳裏に浮かんだ恐ろしいストリー・・、それは・・。

ふとしたことから、ゆり子の言動に疑惑を感じ取った武雄は・・、おそらく探偵を雇い、ゆり子
の身上調査をして、圧村とゆり子の関係を知ったのです。勿論、ゆり子が土手の森公園で圧村と
頻繁に会っていることも武雄は知ったはずです。そして、出来ることなら、彼自身の目でゆり子
の浮気を確かめたい、二人の浮気の現場に乗り込みたい、そう考えたのです。浮気を暴いた後は
どうするか、その時、武雄は何も考えていなかったはずですが、とにかく自らの手で浮気を暴く
ことが必用だと考えたのです。

あの日、ゆり子が車で出かけた後、武雄は見当づけて裏庭から公園に入り、ゆり子が公園内の一
般道に路上駐車しているのを確かめた後、圧村が駅の方向からやってくる道筋を予測して、待ち
伏せをしていたのです。

深夜の森の中を歩く圧村はまったく無警戒でした。そして金倉武雄にしても、圧村を殺す意図は
なかったのです。憎い妻の浮気相手を見た時、彼の中に怒りが爆発し、圧村を襲うなど考えても
いなかった筈ですが、気がついた時は、圧村に後ろから一撃を加え、運悪く手元が狂い、武雄の
一撃は圧村の急所を撃っていたのです。

このゆり子推測は、何処にも無理がなく、恐ろしいほど可能性が高いのです。街の居酒屋で圧村
と会ったXが犯行を犯したと考えるより、その可能性ははるかに高いのです。


「あの人がやったのなら・・、
全て・・、説明がつく・・」

夫以外に犯人は考えられないとの結論に到達したゆり子は、蒼白な表情になり、自ら考え出した、
恐ろしい結論に慄(おのの)いていました。

身体が震えるほどの衝撃を受けていました。自身の浮気が元で夫・武雄に殺人の大罪を犯させた。
全て、彼女のせいだと、ゆり子は自身を強く責めていました。

そして、突然・・、目の前が真っ白になり、ゆり子は暗い穴倉に真逆様に落ちて行きました。(1)
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(372) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/23 (木) 15:49

眼を開けると武雄が微笑んでいました。居間になっている12畳の和室にゆり子は寝ていました。
寝室から持ち出してきたらしい、羽根布団がゆり子の体にかかっていました。

「戻ってきたら、お前がうつ伏せになって倒れていた・・・
力尽きて倒れた様子だった・・。
医者を呼ぼうと思ったが、呼吸がしっかりしていたから、
とりあえず、ここに寝かしてつけて、様子を見ることにした・・

どうだ・・、気分は・・・」

「ハイ・・・、大丈夫です・・、
立ち上がろうとしたら・・、くらくらとして・・・
スーッと気が遠くなりました・・」

ゆり子が微笑みを反し、武雄がゆっくり頷いていました。


その日から二日間、夫・武雄の勧めるまま、ゆり子は家事を止めてのんびりと過ごしました。心
労が重なり、その上、十分な食事と睡眠をとらなかったせいで、身体が衰弱していたようです。
佐竹医院でも過労が原因だと診断されました。

二日間の休養で体力が回復すると、ゆり子の中に新たな気力が沸きあがっていました。


「このまま逃げていても、何も解決しない・・、
夫に全てを話そう・・、
そして、夫が犯行を認めたら、一緒に罪を償おう・・・」

そう・・決心すると、何も恐れるものはなくなりました。久しぶりに、ゆり子はぐっすりと眠る
ことが出来ました。元々、不眠症の持病があり、圧村と付き合うようになって、その病状は消え
ていたのですが、彼の死後、以前にもまして不眠症に悩まされるようになっていたのです。

全てを夫・武雄に話し、その結果、発生するあらゆる問題に真摯に向き合うと決心すると、全身
から憑き物が落ちたように、身体が軽くなり、良く眠れるようになったのです。


ゆり子が縁側で倒れてから、一週間後の土曜日、ゆり子と武雄は夕食後居間で炬燵に入って向き
合っています。卓上には熱燗と夕食の残り物である焼き魚があるのですが、二人ともこれから始
まる話し合いを予想して、それに手をつけていないのです。

「あのハンカチのことですが・・・、
何時・・、何処で・・、拾ったのですか・・・」

「あの日の朝、パトカーのサイレンを聞いていたし、午後のテレビニュースも見たので、
勤めに出ても、あの殺人事件のことが気になっていた・・。

殺人事件があったその日の夕方、仕事を早めに切り上げて、
興味半分、不安半分の気持ちで、健太と一緒に森の現場へ行った。

未だ、警察の立ち入り禁止のテープがあって、現場には近づけなかったが、
付近をブラブラしていたら、健太の鳴き声が聞こえた・・。

泣き声に導かれて健太に近づくと、現場からかなり離れた場所で健太が・・、
あのハンカチを咥えて座り込んでいた・・。
多分、健太は私にハンカチのことを教えたかったのだと思う・・・」

「・・・で、そのハンカチを誰のものだと思ったのですか・・」

本人は気が付いていないのですが、ゆり子の口調は取調官のように、慎重に遠回りしながら、そ
れでも、犯人から自白を導き出そうとする意図がありありと見える口ぶりなのです。そんなゆり
子の態度を武雄は笑みを浮かべて受けいれています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(373) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/26 (日) 15:45

「手に取ってみて、あの店のハンカチだとすぐ判った・・・。
そして、これはゆり子のものだと直感した・・・・。

しかし・・、イニシャルが違うので、ほっとした・・・。
一旦は捨てたのだが・・、健太が再び口に咥えていた・・。

健太がハンカチに執着する様子を見て・・、
これは・・、健太の知っている人物の所有物だと思った・・」

ここで、武雄がゆっくり顔を上げ、優しい視線をゆり子に送り、じっと彼女を見つめました。ゆ
り子もじっと武雄の表情を見つめ返しています。

「何もかも知っているのですね・・・、
何時からですか・・・?」

「・・・・・・・・・・・・・」

真っ直ぐに武雄を見つめてゆり子が聞いています。武雄は黙って笑みを浮かべ、ゆり子の視線を
優しく受け止めています。予想したとおり、武雄が何もかも承知しているとゆり子は感じ取って
いました。奈落に落ちそうになる気持ちを奮い立たせて、ゆり子は何とか堪えて、武雄を見つめ
ていました。

「お前に男がいると疑いだしたのは、もう・・、随分前のことだ・・・、
不眠症に悩んでいたお前が、すっかり元気になっているのを見て、
何かあると、気がついたのだ・・・。

確信を持ったのは、風呂場にあったお前の汚れた下着を見た時だった。
明らかな男の匂いを・・、私とは違う匂いを・・、嗅ぎ取ってしまった・・。

それ以降、それとなく注意してみると、
お前の体に、方々に、男の愛撫の後が残っていた・・。

首の裏、乳房の下、そして、あそこの周りに・・。
男なら誰でも興味を持つ場所だが、そこはお前の一番感じる場所だと私だけが知っている場所に、
既に別の男が到達した印があったのだ・・」

「・・・・・・・・」

生々しい夫の言葉に、さすがにゆり子は堪えられなくなったようで、頭を下げ、固まっていま
した。

「勿論、それを知った時煮えくり返るような気分になった・・、
今でも、その怒りが完全に消えたとは言い切れない・・・。

しかし、お前が見違えるように明るく振舞うようになり、
以前にも増して、私を大切に扱ってくれるようになっていた。

夜も良く寝れている様子だし、お前の体調も良さそうだし・・、
これは、これで、良いことだと思うことにした・・・。
そして・・、少し様子を見ようと思った・・」

「・・・・・・・・」

意外な武雄の言葉にゆり子がびっくりして顔を上げ、武雄の表情をうかがっています。武雄が微
笑を浮かべ、何度も、何度も頷いています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(374) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/27 (月) 14:39
「そうなんだ・・、
お前が驚くのはもっともなことだ、
私自身でも良く判らない感情の動きに、正直驚いている。

お前の浮気に気づいていながら、
おまえが楽しそうにしているのを見て・・、
しばらくはこのまま様子を見ることにしたのだ・・、

多分・・、昔の私なら、お前を殴りつけていたと思う・・。
こうなったのは年のせいかなと、思っているが、
一方では、この状況下で冷静にいられることには満足している」

武雄が苦笑しながら説明しています。ゆり子は黙って夫を見つめています。妻の浮気に気づいて
いて、黙っている武雄でないことはゆり子が一番良く知っているのです。どちらかと言えば気の
強い、短気な武雄なのです。それだけに、武雄の言葉を全面的に信用することが出来ないゆり子
なのです。

「男の素性を調べようかと思ったこともあった・・。

しかし、男の素性を知ることで、何とか落ち着かせた私の気持ちが揺らぐことが心配になり、何
も知らないままで、しばらくお前の様子を見ることにしたのだ。

今でもこの判断は間違っていなかったと思う。
もし、男の素性を知っていれば、それが誰であれ・・、
私は、報復なり、何か行動を起こすことになっただろう・・・」

「エッ・・・、では・・・、
圧村さんのことは何も知らないのですか・・。

アッ・・、
私・・・・、とんでもないことを・・・・
スミマセン・・・・、本当にスミマセン・・・・」

うっかり男の名前を口に出し、浮気を自白したに等しいことを口走ってしまったゆり子が何度も、
何度も頭を下げています。

「やはり、あの男が・・・
お前の浮気相手だったのか・・・、

そうだったのか・・・・・、
そうであって欲しくないと願っていたのだが・・・」

圧村という名を聞いただけで、武雄には思い当たる人物がいるらしく、それまで冷静に話してい
た武雄が珍しく動揺した表情を浮かべ、明らかに落胆して肩を落しているのです。

圧村の名前が武雄が激しく動揺させた様子を見て、ゆり子は彼女が書いた最悪のシナリオが現実
問題になったことを教えられていました。

「あのハンカチが森の死体の持ち物だと気づいていたのですね、
そして、そのハンカチは私が圧村さんにプレゼントしたものだと疑っていたのですね・・・」

真っ直ぐに武雄を見詰めて、ゆり子が低い声で質しています。武雄がゆっくり頷いています。

「そうですか・・・・、
やっぱり、何もかも知っていたのですね・・、

私がバカでした・・・・、
あなたに隠し事をするなんて・・・、
こうなることにもっと早く気づくべきでした・・・」

圧村のことなど知らないと、武雄に言って欲しかったのです。その最後の望みが断ち切られて、
ゆり子は絶望のどん底に叩き落されていました。首を垂れ、じっとかたまっています。もう涙さ
え出すことが出来ないのです。

そんなゆり子を武雄が見つめ、涙を溢れさせていました。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(375) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/28 (火) 13:27

夫に全てを知られ、今はその罪の重さに堪えかねて、ただうな垂れているゆり子を武雄はいたわ
りの気持を込めて、優しい瞳で見つめていました。武雄にしても、最悪のシナリオが現実のもの
になったことを認めざるをえない状況に追い込まれていたのです。

重苦しい雰囲気の中で二人は凍りついたようにじっとその場に固まっていました。このまま時間
が止まってしまったような・・、むしろ、そうあって欲しい気持が二人を支配していたのです
が・・、最初に動き出したのは武雄でした。

「ゆり子・・、
苦しかったろう・・・、
もう・・、いいんだ・・、
何もかもすべて打明けて欲しい・・・・。

お前が圧村を殺したのだな・・・?」

「エッ・・・、何ですって・・・、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

びっくりしたゆり子が頭を上げ、驚愕の表情で武雄を見つめています。武雄は強い視線をゆり子
にあてていました。

「お父さんが殺(や)ったのではないのですか・・・・?」

今度は武雄が驚愕の表情を浮かべる番です。しばらくにらみ合いを続けていた二人の均衡状態を
破ったのはこの時も武雄でした。

「ハハ・・・・、
そうか・・、そうか・・・、
そうだったのか・・・、

良かった・・、良かった・・・。
ハハ・・・・・・、本当に良かった・・」

楽しそうに、心から笑っています。そして、卓上の杯を取り上げ、冷えた澗酒を注ぎ、おいしそ
うに飲み干しました。そんな姿を、ゆり子は涙を浮かべて見つめていました。

「笑ってしまうな・・・、
てっきりお前があの男を殺したと思い込んでいた・・・。
お前はお前で、私が犯人だと思っていたんだネ・・・。

圧村がお前の恋人で、何らかの仲たがいが発生して、
お前が彼を殺(や)ったと・・、
あのハンカチを発見した時、そのことを悟った・・・、
そして、生涯、このことは口を閉ざすと決心したのだが・・・、

最近、お前の様子を見て・・、
人生を棄てたようにしているお前を見て・・、
このままではダメだと考え直したのだ・・・。

たとえ、これから先、どんな過酷な人生が待っていようとも、
私はお前を守り切るつもりで、あのハンカチを見せたのだ・・・」

「お父さん・・・」

ゆり子は声を出して泣き崩れました。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(376) 鶴岡次郎 投稿日:2012/02/29 (水) 12:04

ゆり子が完全に堕ちたと分かると、ヤクザの本性を現し、圧村はゆり子を脅かし、金品をせびる
ようになり、誰に相談することも出来ないゆり子は困り果てました。そして、森に呼び出された
あの日、夢中で圧村の後から一撃を浴びせた・・。武雄はゆり子の犯行をそのように考えていた
と・・、ゆり子に説明しました。

そして、罪の意識に苛まれ、生きる気力さえも失っているゆり子を見るにつけ、このままではゆ
り子は勿論、武雄自身もダメになると判断して、武雄は大きな決断をしたのです。

あの日、ゆり子に証拠のハンカチを見せたのは、ゆり子の告白を導き出したいと考えたからだった
のです。一度は生涯ひた隠しにすると決めていたゆり子の犯行を表沙汰にして、罪の償いをさせ
よう、ゆり子共々、罪の償いをしようと、武雄は悲壮な決心を固めていたのです。

「お父さんがそこまで考えていたとは・・、
今の今まで気がつきませんでした・・・。
私のようなバカで、何一つ取り得のない女を、
そこまで思っていただけるとは、いくら感謝しても足りません・・・」

涙を溢れさせて武雄の話を聞いていたゆり子が声を絞って、何度も、何度も頭を下げていました。

「聞いてください・・、
私の犯した罪の全てを、ありのまま話します・・。
男の体に溺れて、我を忘れていたバカな女の話を聞いてください。

その上で、お父さんの気の済むようにしてください・・」

ゆり子は涙ながらに全てを武雄に告白しました。圧村との出会い、そして圧村と過ごした情熱的
な時間、犯人探しで居酒屋に聞き込み調査をした話、その全てをゆり子は話しました。武雄は、
表面上は笑みさえ浮かべて黙って聞いていました。

ゆり子の浮気は既に知っている事実ですし、若いヤクザの体とその性技に溺れ、ゆり子が女の炎
で身を焦がしたことは容易に想像できたことだったのです。それでも、ゆり子から直にそのこと
を聞くと、武雄の中に生々しい感情が吹き上がっていました。しかし武雄はいとも簡単にこの感
情を押さえ込んでいたのです。

もし、武雄がゆり子の殺人行為を疑っていなければ、ここまで冷静にゆり子の告白を聞くことは
出来なかったと思います。妻の大罪に疑いを持って以来、悩み続け、最後には妻の罪を公にして、
罪の償いを妻と一緒にしようと決心するまでの辛い苦悩の時間が、武雄を大きく成長させていた
のです。彼の中に大きく育てられていた優しい労わりの心が、浮気の告白などいとも簡単に飲み
込んでいたのです。武雄はひとまわりも、二周りも、男として成長していたのです。

「・・・・・これで全部です。バカな私を笑ってください・・・」

全てを語り終えたゆり子は爽やかな表情で武雄を見つめていました。

「半年以上私達の関係は続いたのですが、
お父さんに気づかれていると思ったことは一度もありませんでした。

いえ・・、それどころか、気づいて欲しいといつも思っていました。
でも・・、お父さんは何も言わなかった・・・。

あの時、ハンカチを見せられて、
私の浮気をお父さんが気づいていることを知りました。

そして、恐ろしい妄想の虜になったのです・・・・」

武雄が犯人だと疑い始めた説明をしようとして、さすがにそこまでは言えないようでゆり子は口
をつぐんでいます。

「お前達の関係を知った私が・・、
嫉妬に狂って彼を襲ったと思ったのだね・・・?」

始終笑みを浮かべてゆり子の告白を聞いていた武雄が口を開きました。申し訳なさそうな表情を
浮かべてゆり子が頷いています。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(377) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/02 (金) 11:12

「いやいや・・、気にすることはない・・、
お前が疑り深いわけではない、ここまで条件が揃えば、誰だってそう思うよ・・。

居酒屋で圧村さんと話し合っていた中年男のアリバイは証明されたわけだから、ゆり子でなくて
も、事件の経過をここまで知っていたら、誰だって私が怪しいと思うよ、もし警察がゆり子の
持っている情報を掴んでいれば、とっくに、私は重用参考人として取り調べられていたはずだ
よ・・。

ところで、私が犯人だと判った時・・・、ゆり子は何を思ったの・・?」

「私・・、
取り返しのつかないことをしてしまったと思いました・・」

間を置かないで、素直な表情でゆり子が答えています。

「お前が・・?
はて・・、どうしてそう思ったのだ・・、
罪を犯したのは私だろう・・」

「お父さんを犯罪に走らせたのは私だと思いました。
私が浮気さえしなければ、何も起こらなかったのです・・、
あの人だって、森で襲われることがなかったのです・・・
全部・・、私のせいなのです・・・・」

堪らなくなったのでしょう、涙があふれ出てゆり子の頬に光る筋を作っていました。武雄はその
涙を美しいと思っていました。

「そうか・・、
それでお前はあの時・・、全てを知った時、堪えられなくて・・、
縁側に倒れこんだのか・・・、病気ではなかったのだ・・・。

あまりにも過酷な状況変化に耐え切れなかったのだね・・・・・
無理のないことだ・・・」

縁側で倒れていたゆり子を思い出したのでしょう、武雄が呟いていました。

「圧村さんには申し訳ないけれど、このまま黙っていようとも思いました。
しかし、それではこれから先、お父さんは苦しみ続けることになる、
そんな苦労をお父さん一人に負わせるわけには行かないと思いました。

お父さんと話し合って、真意を確かめて、その上で・・、
今後のことを決めようと思いました・・・」

「それで、『話がある・・』と、お前から誘ったのだな・・・。
お前から殺人の告白があると思い込んで、その覚悟は固めていたが・・、
じつのところは、私が裁かれることになっていたのだ・・・、
お前はお前で、私を救う計画を持っていたのだ。

知らないとは恐ろしいことだね・・・、気が付かなかったな・・・」

人生を十分に知っているつもりになっていたのに、側にいる妻の考えていることさえ掴みきれて
いなかったことが判ったのです。武雄は、いまさらのように人の世が不可解な神秘のベールに包
まれている事実を悟り、襟を正す気持ちになっていたのです。

「ハイ・・、おっしゃるとおりです。
お父さんにすべてを告白して、その後、お父さんが罪を認めれば・・、
一緒に罪を償う相談をしようと思っていました。

もし、どこまでもお父さんが罪を隠すつもりなら・・、
その時は、それも仕方がないと思っていました。

どちらにしても、これから先どんなことが起きても、
お父さんからは離れない覚悟を固めていました・・・」

二人はじっと見詰め合っていました。長い夫婦生活の中でこの瞬間ほど心が通じ合ったことがな
いと、二人は感じていたのです。
[Res: 2178] 一丁目一番地の管理人(378) 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/05 (月) 12:34
「圧村さんのことだが・・・、
私は大きな誤解をしていたようだな・・・。

ゆり子の話を聞いていると・・、
彼は素晴らしい人だったんだね・・・、

男気に富んでいて、思いやりがあって、
それでいて押し付けがましくない・・。

それに、背が高くて、イケ面だし・・・
まるで私と逆だョ・・・、チョッと妬けるョ・・・」

武雄の言葉にゆり子が涙ぐみながら微笑んでいます。浮気相手を夫に告白して、その相手がこと
もあろうに、やくざ組織に身を置く男だったのです、圧村との関係をあしざまにけなされても文
句ひとつ言えない状況だったのです。武雄はそんなゆり子の心配をよそに、圧村を正当に評価し
ているのです。圧村のことをこんなに楽しく武雄と話し合えるとはゆり子は夢に思っていなかった
のです。

「ゆり子の話を聞いていて一番妬けるたのは・・、やはりアノことだね・・・」

「エッ・・・」

「お前とあいつが抱きあっている姿を想像すると、
なんだか切なくなるんだ・・」

「スミマセン・・・」

告白の中で、武雄は二人の情事についてかなり突っ込んで質問しました。恥ずかしがりながら、
ゆり子はそれが義務だと思ったのでしょう、街の中や、公園で抱かれた状況をできる限り詳細に、
隠さず武雄に説明したのです。どうやらその誠意が武雄を逆に苦しめたことに気づいて、ゆり子
は申し訳なさで、しょげ返っているのです。

「いやいや・・、そんなにしょげるなよ・・、
お前を苛めるつもりはないんだから・・、
これで、けっこう、楽しんでいるんだから・・・」

武雄の慰めはゆり子には通じないようで、あそこまで赤裸々に説明することはなかったと反省し
て身を縮めて、申し訳なさを精一杯、表に出しています。

「ホテルだけでなく、街の中や、公園でも抱かれたのだろう・・。
誰が見ているかもしれない屋外で抱き合うなんて・・、
憧れるけれど、私には自信がなくて、とても出来ないことだよ・・・。

彼はその道のプロだから・・、
女を喜ばせる術も素晴らしかったのだろうね・・、
そういっては何だが・・、持ち物も凄かったんだろう・・?
ゆり子が夢中になって当然の男だったんだね・・・。

これから先が思いやられるョ・・・、
私一人では、彼のようにお前を喜ばすことはできないからネ・・・
誰か助っ人が必要になるかもネ・・・、
ハハ・・・・・」

楽しそうに武雄が話しています。言葉もなくゆり子が恥ずかしがっています。身を捩ってはずか
しがっているのです。それでも、武雄が屈託なくゆり子と圧村の情事を口にするのを見て、ゆり
子はようやく武雄の真意を理解したようで、救われた思いになっていたのです。許されないまで
も、武雄は浮気を事実として受け入れて、そんなに根に持っていない様子なのです。ゆり子は彼
の大きな愛情に心から感謝していました。

一方武雄は、武雄の戯言をゆり子が否定しないで、ただ恥ずかしがっている様子を見て、どうや
らゆり子が想像以上に圧村の身体に溺れていたことを改めて悟っていました。そして、暗闇に包
まれた公園で全裸の身体を波打たせて、悶えているゆり子の肢体を想像して、武雄の中に新たな
嫉妬の炎が燃え広がっていました。しかし、その感情は武雄にとって決して悪いものでなく、そ
の激しく、甘い感情を彼は楽しんでいたのです。

「それにしても、彼には一度会って、話をしたかったな・・・。
もっと早く、ゆり子から説明が欲しかったョ・・・

多分・・、彼とは友達になれたと思う・・・」

口に出してみると、妻敵(めがたき)であるはずの圧村と本当に仲良くなれたはずだと、武雄は
本気で思っていたのです。ゆり子は黙って微笑んでいました。

「彼のためにも、犯人探しに協力すべきだよ、
警察にゆり子の知っていることをすべて説明しよう・・、
それが、彼の菩提を慰める供養にもなることだよ・・・」

武雄の言葉にゆり子は何度も頷いていました。そんなゆり子を見つめていた武雄が、いたづらを
思いついたような子供のような表情を突然浮かべ、ゆり子に話しかけました・・。

「ところで・・・、
暖かくなったら・・、裏の公園へ一緒に行かないか・・、
LEDランプと、シートを準備して・・・。

野外でお前を抱いたことがないから、
圧村さんのようには上手く出来ないと思うが、
お前がリードしてくれれば、何とかなると思うョ・・・」

「ああ・・、そんなこと・・・、
お父さん・・、うれしい・・・、
きっとですよ・・、楽しみにしています・・。

それから・・・、蚊取り線香を忘れないようにします・・。
それが無いと大変なことになるんです・・・。
ウフフ・・・」

そう言って、ゆり子が立ち上がり、武雄の側に歩み寄り、彼のひざに腰を下ろし、首に両手を絡
めて唇を押し付けました。口に含んでいた酒が武雄からゆり子に注ぎ込まれています。ゆり子の
喉がかすかに動いて、甘い酒が女の中に流れ落ちていました。
[Res: 2178] 新スレへ移ります 鶴岡次郎 投稿日:2012/03/06 (火) 13:57
新しい章を立てます。        ジロー

[2161] 一丁目一番地の管理人(その25) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/07 (土) 14:41
警察庁の高官、伍台参事官が捜査本部に顔を出し、彼の考えを説明しました。仲間同士のいさか
いが高じた単純な殺しと考えられていた事件の背景に意外な事実が隠されていることを捜査員は
知ったのです。捜査が行き詰まっていた土手の森組員殺人事件の捜査本部は色めき立ちました。

捜査員たちが調べた結果、竹内の会社を倒産に追い込むよう、○△銀行に圧力をかけたのは、伍
台が考えたように、真黒興産でした。ついに真の黒幕、真黒興産がその尻尾を捜査当局に見せた
のです。

果たして、伍台は・・、そして柏木が率いる捜査本部は、真黒興産の悪事を暴き立てることが出
来るでしょうか・・。当局は竹内夫妻を捉えることが出来るでしょうか・・。相変わらずゆっく
りと語り続けます。ご支援ください。                


毎度申し上げて恐縮ですが、読者の皆様のご意見、ご感想は『自由にレスして下さい(その
11)』の読者専用スレにご投稿ださい。多数のご意見を待っています。    

また、文中登場する人物、団体は全てフイクションで実在のものでないことをお断りしておきま
す。

発表した内容の筋を壊さない程度に、後になって文章に手を加えることがあります。勿論、誤字
余脱字も気がつけば修正しています。記事の文頭と、文末に下記のように修正記号を入れるよう
にします。修正記号にお気づきの時は、もう一度修正した記事を読み直していただけると幸
いです。

  ・ 文末に修正記号がなければ、無修正です。
  ・ 文末に(2)とあれば、その記事に二回手を加えたことを示します。
  ・ 1779(1)、文頭にこの記号があれば、記事番号1779に一回修正を加えたことを示します。
                                        ジロー
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(348) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/07 (土) 15:30

もう一人の目撃者

ここで少し時間を遡って、圧村の死体が発見された事件が発生する数ヶ月前にもどります。

ここは土手の森公園の中です。この公園は昼間ほとんど寄り付く人はいないのですが、日が落ち
てから訪れる人が多いのです。日が落ちると公園内の散歩道に沿って、淡い光を放つ街灯に灯が
入ります。散歩道を歩くには不都合ない程度の明るさですが、一歩森に足を踏み入れると、そこ
は闇の中です。

大川沿いの土手の上を散歩しているカップルがこの森に迷い込むことはそれほど珍しくなく、あ
らかじめそのつもりで簡易シートを準備しているカップルさえいます。興に乗って全裸になって
も誰も咎めません。

気候のいい今の時期、声を抑えて絡み合うカップルが、多い時には10組を越えることがあるの
です。カップル同士は互いの存在に気づいているのですが、暗闇で互いの顔は見えないのです。
それが刺激になって、この公園へ定期的に訪れるカップルもいるほどなのです。

勿論、カップルだけでなく覗きを趣味とした人物達も徘徊していて、それなりに危険な状態なの
ですが、ここ数年深刻な性犯罪は発生していないのです。


十年ほど前、カップルが襲われ、男性、女性共に瀕死の重傷を負う事件が発生したことがありま
した。当然のことながら、夜、この公園を締め切る案も出ました。当時の所轄署の署長が出来た
人物で、公園を締め切る案を退け、公園の警備を充実する道を選んだのです。

それ以来、おまわりさんが散歩道を自転車で30分毎に見回りに来るようになったのです。その
おかげで、ここ数年、深刻な性犯罪は発生していないのです。噂では、覗き屋仲間の中にも出来
たリーダが居て、覗きを楽しむためのルールを決めて、行過ぎた犯罪行為を彼等自身が厳しく取
り締まっていると言われているのです。この治安の良さも、カップル達がここへ来る理由になって
います。

それでも夜の10時を過ぎると人影は完全に消えます。おまわりさんの見回りも11時を過ぎる
と朝までは中断されます。それと同時に覗き屋達もこの場を去るのです。


全く人影が消えた夜の12時近く、ここへ週に一度か二度はやってくる中年カップルが、今日も
現われました。慣れた動作で男がシートを敷き詰め、LEDランプを点灯しました。淡い光が周
りを照らしています。遠くから見ると真暗な森の中で、ランプの光で作られた僅かな空間が浮か
び上がり、その中で、男と女の影がゆるやかに動いています。

シートを敷き終わった男が蚊取り線香に火を点けました。ゆるやかに立ち上がる煙が芳香を残し
て闇に吸いこもれています。女が男に背を向け、屈み込んでタオル地のシーツを広げています。
淡いLEDランプの光が女の後ろ姿を照らし出しています。男は女の後ろ姿をじっと見つめてい
ます。

女はミニのワンピースを着けていて、屈み込むと臀部が丸出しになっています。いつものことで
女は下着を着けていないのです。持ち上げた臀部の中央に比較的濃い陰毛に飾られた亀裂が見え
ます。女は勿論男の視線を意識しています。ゆっくりと脚を開き、臀部を更に高く上げています。

明らかに濡れたその部分がLEDランプの光を受けて煌いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(349) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/08 (日) 11:00
「・・ゆり子・・」

男が低い声で呼びました。女がゆっくりと頭だけを振って、男を見ています。臀部は男に向けた
ままです。

「・・三日ぶりだな・・」

黙って頷く女の瞳が情欲で潤んでいます。男が手を伸ばしました。男の動きを見て、女がさらに
大きく両脚を開き、これ以上は無理と思える位置まで尻を持ち上げています。亀裂の全貌を男の
視線が捉えています。そこは愛液が溢れ出て、大腿部の曲線に沿って光る筋ができているのです。

「相変わらず凄いネ・・・」

「嫌・・・、
アッちゃんのせいよ・・・、
したかった・・・・・」

女がすねて尻を振っています。それでも両脚は大きく開いたままです。男の指が亀裂に届きまし
た。そして人差し指をゆっくり埋没させています。

「ああ・・・・」

顔を天に向け、眼を閉じ、口を僅かに開いて、絶え入りそうな、それでいて抑えた声を女が発し
ています。男の指がゆっくり動き、そこから淫靡な水音が湧き出ています。

「ああ・・・、
良い・・・ィ・・・・」

女が突然立ち上がり、ワンピースを脱ぎ捨てました。全裸です。男の首に両手をかけて、唇を押
し付け、激しく唇を吸い始めました。男も器用に、素早く、ズボンとアロハ・シャツを脱ぎ捨て
全裸になっています。

男の股間のものが女の腹部を強く圧迫しています。女はもう狂いだしたように、なにやら喚きな
がら、男の顔を嘗め回しています。それでもしっかりと男根を右手で握っているのです。明らか
に女が男をリードしているのです。


女の股間に男が顔を押し付ける頃から、攻守は逆転します。女は与えられた男根を握り締め、あ
る時はそれに食らい付き、ある時は森中に響くほどの悲鳴を上げています。そして股の間にある
男の頭を両脚で強く締め付けて、知っている限りの隠語を連発するのです。

誰に咎められる心配のない漆黒の闇が全てを包み隠した森の中で、男と女は獣に戻るのです。


両手を草地に着いた女を、男が後から犯しています。男の腰がリズミカルに動き、女が草地に頭
をつけて、悲鳴を上げています。二人の接点から多量の液体が草地に落ちて、ポタポタと音を立
ています。やがて・・、女は野鳥のような悲鳴を一声残して崩れ落ち、果てました。

草地の上に長々と身体を投げ出した女から離れた男根は乳白色の愛液にまみれ、その先端から
雫が、糸を引いて草地に垂れ落ちています。男はまだまだ堪えているようです・・。


起き上がった女が男根を咥え、舌と唇を精力的に使って愛液をぬぐい取っています。見る見る内
に女の顔が愛液と唾液でヌラヌラと濡れています。女が男を見上げて淫靡な笑みを浮かべていま
す。男根が一気に膨れ上がっています。女が呻きながらそれを頬張っています。

たまらなくなった男がいきなり女を抱き上げました。女の両脚を思い切り開き、男根の上に女の
尻を落下させています。悲鳴を上げて仰け反る女、男が女の腰を両手で支え、激しく腰を突き上
げています。女は既に狂いだしています。

女を抱き上げ、深々と刺し貫いたまま、男は数歩、歩きました。ちょうど枝振りのよい立ち木を
男は見つけました。女をゆっくり地面に降ろし、女の右足を立ち木の枝に掛けました。

片脚を高々と上げた不自由な姿勢で女は男根を受け入れています。こんな姿勢でも男根は十分に
膣を埋め尽くしているのです。それだけ男のモノが立派だといえます。

不自由な姿勢で挿入され、女は異常な部分に刺激を受けたのでしょう、狂ったように悲鳴を上げ、
やがて崩れるように地面に倒れました、そして、そのままそこで果ててしまったのです。力なく
拡げられた女の股間から白い愛液が滲み出ていました。男はここでもじっと堪えているようです。


しばらくして、『キャキャ』と、子供のような声を上げて森の中を逃げ回る女の姿がいました。
女の後を男が笑みを浮かべて追っています。女の股間から愛液が滴り落ちています。走る男の股
間で男根が勇ましく揺れています。そして街灯に照らし出された散歩道の上で女は捕まりました。

男が女を押し倒し、女の両脚を肩に乗せて、正上位で挿入しました。絶叫する女、唸り声を上げ
る男、誰もいない森の中に二人の歓喜の声が吸い込まれています。やがて、女が一声悲鳴を上げ、
男の身体が痙攣して、二人は折り重なって、路上で動かなくなりました・・・。


それから三時間ほど男と女の戯れが続きました。やがて、男と女は全く動けなくなって、全裸の
身体をシーツに投げ出して、肩で大きく息をしています。戦いは終わったのです。間も無く、夜
明けです。


やがて、男と女はゆっくりと立ち上がり、のろのろと衣服をつけて・・、といっても、女はワン
ピースを濡れた体にかぶるだけですし、男はアロハシャツとショーツをつけて、ズボンを履けば
終わりです。二人の身体から強烈な性臭が発散されているのですが、そんなこと二人はかまって
いないようです。

手を繋ぎ合って、ゆっくりと森の中を抜けて、森の奥を走っている車道に戻ります。二人に言葉
はありません。股間から全身に広がる痺れるような快感がこの時もなお、二人を虜にしていたの
です。道路脇に停めていた車に二人が乗り込み、車がゆっくりとスタートしました。テールラン
プの赤い光が濃い朝もやの中で滲んでいました。そして、二人を乗せた車が消えた道路を濃い朝
もやが、何事もなかったように包み込みました。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(350) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/10 (火) 14:02
江戸時代から続く旧家の跡取り娘に生まれた金倉ゆり子はここ数日、なんだかいらいらしている
ようで、落ち着きません、その理由を本人は勿論良く知っているのです。しかし、こればかりは、
旦那は勿論、他人に相談することが出来ないことだと判っているのです。そして、彼女一人で頑
張ってもどうにもならない問題だということも判っているのです。

そんな状態ですから、大好きなカラオケに行っても心から楽しめないのです。幼馴染で、ゆり子
と同じ様に婿取りをして農家の実家を継いだ倉内珠子が今日もカラオケを誘いにくる予定です。
二人とも45歳になり、子育ても終わり、舅、姑を無事天国へ送り届けて、二人とも夢に見た有
閑マダムの生活を楽しめる環境に身を置いているのです。


そこはフランス料理専門のレストランでありながらカラオケを売り物にしている店です。正面に
しっかりした舞台があり、照明、音響設備とも専門のスタジオ並み設備を売り物にしているので
す。舞台の前に四人掛けのテーブルが20卓ほど余裕を持って並べられていて、お客は食事をし
ながら自分の予約した番が来れば舞台の上に立って持ち歌を披露するのです。普通のカラオケと
比較すると相当割高になりますが、本格的な舞台で、他人に見られながら歌えるので、地元のカ
ラオケ好きの間では評判のいいレストランなのです。

ゆり子と珠子は週に二度ほどここへやってきて二時間ほど、それぞれ三曲ほど歌い、おしゃべり
を楽しむのが習慣になっています。


「ゆり子・・、
今日、いつもの調子が出ないネ・・・
なんだか元気がないョ・・・、

彼と・・、上手く行っていないの・・」

一曲歌って戻ってきたゆり子に珠子が声を掛けています。

珠子には何も隠さず話しているのですが、ゆり子にはダブル不倫の仲である愛人がいるのです。
そして、男とのセックスが上手く行っていないと、ゆり子の声に張りがなくなることも、珠子は
良く知っているのです。


一年ほど前、短大の同窓会の流れで寄った池袋にあるカラオケバーで40歳前のサラリーマン、
圧村和夫と知り合い、酔いの勢いで、その夜男女の関係になったのです。

夫以外の男を初めて経験したゆり子は、圧村に夢中になりました。互いの身の上話は出来るだけ
避けているのですが、それでも、双方共に家庭を持つ身であることは、暗黙の了解事項です。

圧村が問わず語りにゆり子に告げたことですが、彼は夜のサービス業関係の仕事をしており、二
人が会える時間は昼間か、勤務明けの夜半過ぎになるのです。旦那のいない昼間は勿論、ゆり子
はある事情で比較的夜の時間も自由になるので、圧村の時間が空けば、ホテルや、カラオケバー
などで、二人は逢瀬を楽しんでいるのです。

そして、数ヶ月ほど前、ひょんなことで訪れた土手の森公園でのセックスに二人は虜になりまし
た。ゆり子の自宅に接近した場所ですから、それなりに危険はあるのですが、一度知った禁断の
味はあらゆる不安を吹き飛ばし、最近ではそのことを思うだけでゆり子の身体が濡れるほど、公
園でのセックスに溺れているのです。


ゆり子の夫、金倉武雄は入り婿で50歳になり、このあたりでは珍しくなった半農のサラリーマ
ンです。JAに勤めながら、代々引き継いできた田畑を耕し、主として野菜を市場に出荷してい
るのです。子供たちも独立し、土手の森公園の近くにある古い大きな家に金倉夫妻は愛犬の柴犬
一匹を飼って暮しているのです。


金倉家があるあたりに都市化の波が押し寄せて来たのはゆり子が生まれる以前の頃で、今では都
市化を促進するより、田畑を残す運動が盛んになっているのです。その意味で・・、金倉家の田
畑は以前に比べると十分の一以下になっているのですが・・、このあたりでは天然記念物のよう
に大切な存在になっているのです。


「彼と連絡が取れないのよ・・・」

席に戻ったゆり子がそう言って、テーブルからワイングラスを取り上げ、一気に飲み干しました。
女の欲求不満を露に見せているゆり子を珠子が笑みを浮かべて見ています・・。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(351) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/12 (木) 13:49

「それで、何時からなの・・、
彼から連絡がないのは・・・?
ケイタイも通じないの・・?」

「彼の方針で、私達はケイタイでは連絡をとらないの・・、
互いにケイタイの番号は知らない。

私は自宅の電話を使用し、彼は公衆電話を使っている。
だから、彼から連絡が来ないと、何もできないのよ・・・
もう・・、三週間連絡が来ない・・・」

「三週間か・・、チョッと心配だね・・・、
でも・・、私なんか、三ヶ月以上レスよ・・・
マア・・、それはいいとして・・・。

それにしても・・ケイタイを使わないなんて、
凄い秘密主義ね・・・、さすがネ・・・」

「少し心配になって・・・、
彼と初めて出会った池袋のカラオケバーへ、二度ほど顔を出した・・。
けど・・、何も得ることはできなかった・・・。

昨日・・、思い切って・・、
彼に名前だけを教えてもらっていた勤め先へ連絡したけれど、
その会社は池袋にある婦人服の仕立て屋だった・・」

「じゃ・・、あなたは騙されていたわけだよ・・」

「うん・・、いつ頃からか、なんとなく・・、そんな気がしていた・・。
真面目なガードマン勤務を装っていたけれど、
お店やホテルに入った時、時々、オヤッと思う雰囲気を出していた。
だから、彼の勤め先の会社が存在しなくても、驚かなかった・・」

「それって・・、この道の人・・」

珠子が左手人差し指で自分の頬を切りつける真似をしました。

「ウン・・、そうかもしれない・・・。

ガードマン勤務だと言っていたけれど、
風俗関係の仕事をしていると思っている・・・、
でも・・、確かなことは判らない・・・・。

でも・・・、私には優しいの・・・。
ホテル代は毎回私が出していたけれど、お金を要求するわけでもなく、
普通の恋人だった・・・」

「でも・・・、そっち系の人って
ベッドでは凄いと言うじゃない・・・」

ゆり子の恋人を勝手に組員だと決め付けてしまって、卑猥な笑みを浮かべ、声を潜めて珠子が聞
いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(352) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/13 (金) 15:14
「それは、凄いよ・・、
初めて出会った時から、凄かった・・

危ない男だと判っていても・・、
もう会うのは止そうと、何度も思ったけれど・・・、
約束の時間が近づくと、お化粧にとりかかっていた・・・」

ゆり子がしんみりした調子で語っています。女だけに・・、ゆり子の気持ちが判るだけに・・、
笑みを浮かべていた表情を消して、珠子がそっと頷いています。

「あの人のことは、珠子以外、誰にも話したことがない・・、
珠子にも、今日まで、詳しいことは何一つ話さなかった・・、
未だ、彼の名前は言えないけれど・・
少し話を聞いて欲しい・・・」

ゆり子が愛人との出会いを話し始めました。他人に話すことで苦しみから逃れられるとゆり子は
思っているようです。その意味で、親友の珠子は格好の聞き手なのです。


一年前、池袋のカラオケ店で、偶然店の通路で二人は出会ったのです。ゆり子は数人の同窓生と
一緒でした。部屋に落ち着いた後、お手洗いに行き、その帰りだったのです。ちょうどその時来
店して来た圧村とバッタリ、通路で顔を会わせたのです。

「薄暗い通路の向うから大股でやってくる男性を見て・・、
私はハッとした・・・。
大げさに言うと、これが運命の出会いだと、その瞬間思った・・」

その時を思い出しながら、うっとりした表情でゆり子が珠子に告げました。

なんとなく危ない雰囲気を漂わせ、180センチ近い長身にダーク系のシャツとズボンをまとい、
金色のネックレスと片方だけに付けたイアリングを揺らせながら大股に歩く姿は、圧倒的な存在
感を見せていました。少し酔っていたゆり子は普段なら決してそんなことはしないのですが、
じっと彼を見つめ、彼女の視線に気づいた圧村が彼女を見ても、視線を逸らさなかったのです。
二人は通路ですれ違いながら、視線を絡ませ合っていたのです。

彼は女性二人を連れていました。二人の女性は三十前後の美人で、その服装、雰囲気から明らか
にお水系の女だとゆり子は判断していました。

圧村は女性二人に何事か告げ、二人を先に行かせ、その場に立ち止まり、ゆり子を振り返りまし
た。なぜかゆり子も立ち止まり、圧村の後ろ姿をじっと見つめていたのです。男が立ち止まり、
彼女に向かって近づいてくるのを、ゆり子はじっと見つめていました。

「奥様・・・、
失礼ですが、どこかでお会いしたことがございましたか・・?」

満面に笑みを浮かべ、ゆり子の体に触れるほど接近してきた圧村が、丁寧に頭を下げ、質問しま
した。ゆり子は落ち着いて、それでも口を開かないで、ゆっくり首を振っていました。

「そうですか・・・、
てっきり、お会いしたことがある方だと思いました。
実は、夜の仕事をしていて、たくさんの方と出会うことが多いので、
失礼があってはいけないと思って、声をかけました・・・」

「いえ・・・、私こそ失礼しました・・・、
女もこの歳になると遠慮がなくなって・・、
それに少しお酒をいただいていますので・・・、
つい・・・、お姿に見惚れてしまいました・・・」

満面に笑みを浮かべ、それでも少し恥ずかしそうに、ゆり子が答えています。

その場で二人は何事か楽しそうに話し合っていましたが、やがて、圧村がゆり子の肩を引寄せ、
通路に置かれた大きな観葉植物の陰に彼女を抱き抱えるようにして連れて行きました。突然のこ
とでしたが、ゆり子は男の行為を嫌っていないようで、素直に圧村に従っています。

背の高い圧村の姿をも隠してしまうほど大きい観葉植物の陰で、二人はどちらからともなく唇を
寄せ合い、互いに舌を挿入するデイープキッスを交わしました。通路を何人かの客や、従業員が
通りかかりましたが、二人の様子に気がついていても、立ち止まったりしません。

「珍しいね・・、
ゆり子がそんなに積極的になるなんて・・
きっと・・、ゆり子をひきつける何かがその男に備わっていたのね、

・・で、それからどうしたの・・・」

友の身を心配する気持が半分、危ない男の魅力に屈したゆり子の成り行きを確かめたい、スケベ
な気持ちが半分、珠子が身を乗り出して、話の続きを促しています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(353) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/14 (土) 16:00

「チョッと待って・・、
いろいろ思い出しながら話しているのよ・・。

珠子、本当に私のこと心配している・・?
なんだか、スケベな私をからかっているような気がする・・」

ゆり子が少しムッとした表情を見せて、珠子を睨んでいます。珠子は一向に怯まない様子です。
ゆり子が笑いながら話を続けています。

「一時間ほど、カラオケを別々に楽しんだ後・・、
近所の喫茶店で落ちあうことにした・・」

「・・・で、その夜、彼に抱かれたのネ・・・
そして、彼に・・、
ううん・・、彼のモノに・・・、
取り込まれてしまった・・・・。
そうでしょう・・・・・・・」

好色そうな笑みを浮かべ珠子がズバリと言っています。その時のことを思い出したのでしょう、
情欲で瞳を濡らしたゆり子がコックリ頷いています。

「私が喫茶店に行くと、既に彼が来ていて、私を見ると立ち上がり、
その喫茶店を直ぐに出た。そして・・、暗いビルの陰に連れ込まれた・・・」

「アラ、アラ・・・、
外で抱きあったの・・・、
刺激的!・・・」

珠子が大きな声を上げたので、近くの席に居るお客が笑顔を二人に向けています。慌てて、珠子
が頭を下げています。

「タマちゃん・・、興奮しないで・・」

「ハイ、ハイ・・、
・・でそれから・・」

「そこで・・・、
抱きしめられ、激しく唇を吸われた・・・、
恥ずかしかったけれど、
私は、直ぐに舞い上がってしまった・・・」

「・・・・・・」

生唾を飲み込みながら珠子が聞いています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(354) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/16 (月) 11:16

「あんなに情熱的にキッスされたの、初めてだった・・、
それにとって上手いの・・、
舌を吸い込まれて、口の中を彼の舌が動き回るの・・
まるで、犯されているような気分になった・・・

私・・、それだけで・・・」

さすがにそれ以上は言えなくなって、ゆり子が口を止めました。

「それだけで、溢れるほど濡れたのでしょう・・・、
ベトベトになって、立っていられなくなったのでしょう・・、
ああ・・、いいな・・、
私、たまらない・・・、濡れてきた・・、ウフフ・・・」

珠子が身体をくねらせて、鼻を鳴らしています。そんな様子を見て、ゆり子も笑いながら、頷
いています。もう・・、女だけの世界に二人は入り込んでいます。

「彼の手が伸びて・・、
恥ずかしいところを、ショーツの上から、触られた・・・」

「凄い・・、
でも・・、いくらビルの陰でも、人通りはあるでしょう・・」

「うん・・、絶えず人が通っていた。
最初はかなり抵抗した・・、
そうしたら・・、彼が私の耳に囁いた・・・

私達からは見えるけれど、
通行人から私達は見えないと・・・、
・・で、少し、安心していた・・」

ゆり子の言葉に珠子が頷いています。

「本当のことを言うとネ・・・、
彼の手が、恥ずかしいところへ届い時、
私は・・、どうでも良い気持ちになった・・。

恥ずかしかったけれど、
私、そう・・して欲しくて、そっと・・、脚を開いていた・・」

「ストッキングはどうしたの・・・?
ピリピリと・・、彼の指が破いたの・・?

パンストの裂け目から・・、
ゆり子のアソコが顔を出して、泡を吹いていたりして・・・、
ああ・・、たまらない・・・」

「嫌ね・・・、珠子は本当にイヤらしい・・、
パンストはカラオケーで脱いでしまっていた。
生足で彼に会いに行った・・・」

「なん・・・だ、
ゆり子も、最初から、その気になっていたんだ・・」

「でも・・、そのビルの陰では、
キッスとせいぜいタッチまでだと思っていた・・。

ところが・・、さんざ指を使った後、
彼がショーツを脱がし始めたの・・・、
私、びっくりした・・・・・。

まさかと思う気持と、そうして欲しい気持が、交差して、
私・・、混乱していた・・・」

珠子の顔を見て、彼女の反応を確かめながらゆり子は話しています。口を少し開き、それが欲情
した時の癖のようで、無意識に舌で唇を舐めながら、珠子は、欲情した瞳の色を隠さないで聞い
ています。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(355) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/17 (火) 14:30
「ショーツを下ろされて、
ハイヒールを脱がされ、裸足になり、
スカートを腰までまくり上げられ、
ショーツを片足に引っ掛けたままの姿にされた・・」

「・・・・・・・」

珠子はもう言葉を発しません。どうやら、珠子自身、ゆり子に感情移入して、自身が男根を受け
入れるつもりになっている様子です。

「後から、私のその部分を覗きこみながら、
『ビッショリだよ・・』と、彼が言った・・。

彼のと息をその部分で感じ、
足の裏で、コンクリートの冷たい感触を味わい・・、
もう・・、それだけで全裸になったような気分だった・・・

恥ずかしくて・・、それにも増して、嬉しくて・・・、
どうにでも、好きなようにしてちょうだいと言う気分だった・・・」

その時を思い出したのでしょう、眼を閉じて、ゆり子がじっと何かに堪える表情を浮かべていま
す。珠子が唇を舐めながらそんなゆり子を見つめています。二人の女の周りに、濃厚な女の香が
立ち上がっているのですが、二人は勿論気がつきません。

「彼が私の手をとって、彼のモノを握らせた・・、
それまでに、その存在を私のお尻は感じ取っていたけれど、
実際にそれを握ると、私の身体から力が抜けた・・・」

「大きかった・・・・?」

珠子が声を上ずらせて、低い声で聞いています。

「凄く・・・、
固くって、握りきれないほど大きかった・・・。
ごつごつしていて・・、それに・・、良い匂いだった・・。

私が指に力を入れると、それはグーッと膨張した・・、
ああ・・、思い出す・・」

「・・・・・」

ゴクリと珠子が生唾を飲み込んでいます。二人の女は黙って眼を合わせています。

「言われるまま・・、ビルの壁に両手をつけて・・、
両脚を一杯開いて、お尻を思い切り突き出した・・・、
私の身体から、お汁が・・地面に滴り落ちていた・・・。

そうしたら、いきなり、後から・・・、
スルリと、彼は入って来た・・・。

最初はゆっくりと・・、そしていきなり一気に打ち込んできた・・。
グッ、グッ・・と、無理やり押し広げられて、息が詰まる思いだった・・。
これ以上は無理と思った瞬間、それは進行を止めた・・。

私の中に巨大な物が居座っている、不安な気持ちになっていた。
次の瞬間、彼が前後にゆっくり動き出した・・。

『ダメ・・、ダメ・・・、壊れる・・・ゥ・・』
私は、そう・・、絶叫していた・・・。
でも彼は攻撃を緩めるどころか、更にピッチを上げてきた・・。

体中が一気に燃え上がった・・。
私・・、多分、凄い声を出したと思う・・・、
彼に突き上げられながら、通りを見ると、
通行人が私達のいる暗がりを不審そうに見つめていた・・、
私・・、更に声を張り上げていた・・・・」

「欲しい・・、私も、欲しい・・・
グッ・・と、入れて欲しい・・・・、フッ・・・」

宙に視線を泳がせて珠子が呟くように言っています。ゆり子もまた・・、珠子の存在を無視して
宙を見つめて話しています。二人の女はそれぞれに、互いの存在を忘れ、自身の体に男根を深々
と受け入れた妄想状態になっているのです。

「ガンガンと突き上げられ・・、
私の両足が宙に浮いていた・・。

股の間から、私の汁が滴り落ち、音を立てて地面に落ちていた・・。
子宮が強く圧迫され、アレの先端が子宮の中へ入るのを感じた・・、
凄い痛みと・・、それを上回る痺れを感じた・・、
頭の中が真っ白になって・・、私は地面に崩れ落ちていた・・」

ゆり子と珠子が顔を見合わせて、大きく息を吐いています。そして、ももじもじと大腿部を擦
り合わせているのです。股間が恥ずかしいほど濡れているのを互いに感じ取っているのです。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(356) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/18 (水) 15:05
「しばらくして、彼の腕の中で目覚めた・・、
彼がやさしくキッスをして、『ゆり子、良かったよ・・』と言ってくれた。
でも、多分、彼は終わっていなかったと思う・・・
私は夢中で、どんなことを叫び、どんな恥ずかしい格好をしたのか、
記憶がなかったけれど、彼は常に冷静で、周囲に気を使っていた・・」

「さすがだね・・、彼・・、
どんな時でも自分を失わないのだね・・、
変な男だったら、あなたメチャメチャにされていたよ・・・、
そして、そこで、曝し者になっていたかもしれないよ・・・」

「うん・・、
後になって、彼でよかったと思った・・」

男が節度を守って、ゆり子を抱いたことを二人の女は評価しているのです。確かに、男がその気
になれば、もっと破廉恥に、激しくくゆり子を攻めることは出来たはずなのです。あの時、舞い
上がっていたゆり子は男のどんな攻めをも、大人しく受け入れたはずなのです。そうなると、通
行人がたくさん集まってきて、ゆり子は恥ずかしい姿を曝し、その後、輪姦など、ひどい目に遭
う可能性も高かったのです。

「彼は何処までもやさしかった・・、
私を抱きしめ、優しくキッスをしてくれた・・・
そして、私の身体をハンカチで優しく拭いてくれた・・、

アソコも丁寧に拭いてくれた・・、
それで・・、私・・、また欲しくなった・・

我慢できなくて・・、彼のズボンの前に手を伸ばしたら・・・
彼が私の手を止めた・・・・」

「ゆり子から仕掛けたの・・・、
本当にスケベだね・・・、

でも、判る、私だって・・、
そんな状況だったら、もう一度抱いて欲しいと、言い出すと思う。
そして、歩けなるほどメチャメチャにして欲しいと、おねだりすると思う・・。

でも、どうして・・?・・
どうして、彼がゆり子の手を止めたの・・・
彼だって、もっとやりたいはずよね・・・・」

「彼、夜の仕事があるからと言った・・・、
男はこんな時でも仕事を忘れないのよネ・・・。
無理は言えないから、体が欲しがっていたけれど、我慢した・・」

「そうだよね・・、
仕事を大切にしない男は信用できない・・。
それに・・、それ以上するんだったら・・、
ホテルへ行かなくちゃ、危険だもんね・・」

「うん・・、そうだと思う・・・
私のもだえ声を聞いた通行人たちは、それまでは見逃してくれたけれど、
夜が更けて、通りには酔っ払いが増えていたから・・、
あのまま、あそこにいたら、危険だった・・」

まじめな表情に戻って、ゆり子が答えています

「私が身支度するのを、彼は私に背を向けて待っていた・・・。
いっぱい濡れていて、小さなハンカチでは拭いきれなかった・・・
彼が振り向いて、着ていたアロハシャツを脱いで私に差し出してくれた・・・」

男が差し出すシャツをゆり子は受け取ることができませんでした。これから仕事に向かう男の
シャツを女の汁で汚すことを躊躇したのです。

「かまわないよ・・、濡れたって・・・
ゆり子の香りを、残しておきたいから・・」

微笑を浮かべて男が言いました。泣き出しそうになるのを必死でこらえて、ゆり子は無理やり笑
顔を作り、シャツを受け取りました。シャツから強い男の香りが立ち上がり、女の鼻腔を刺激し
ました。女はシャツを顔に押しあて、深々と息を吸い込みました。

「ハイ・・・、お借りします・・・。
ああ・・、いい匂い・・・・。

お願いがあります・・・。
私を・・、私の恥ずかしい姿を見ていてください・・・」

男はゆっくりうなずきました。そして、ゆっくりと腰を下げ、女の股間がよく見える位置に姿勢
を整えました。

女は両足をいっぱい開き、股間の隅々まで・・、陰部の襞、一一つを指で押しげ、丁寧に、シャツ
でぬぐいました。拭いても拭いても、あふれ出る愛液はシャツをしとどに濡らしていました・・。

「ああ・・、恥ずかしい・・・
拭いても・・、拭いても溢れ出てくる・・・」

股間を拭く手を止めて、女が股間を男の顔に差し出すようにしています。男が黙って、股間に顔
を寄せ、音を立てて、愛液をすすりました。男の頭を両手で押さえて、ゆり子が天を見上げて、
悲鳴を上げています。愛液が噴出し、男の顔、そして、たくましい半裸の体を濡らしていました。

それからしばらくして、愛液で濡れたシャツを身に着けた男に手を引かれて、ゆり子は近くの地
下鉄の駅へ行き、そこで男と別れました。

「う・・・ん、なんだか切ないね・・、
男も立派だけれど、ゆり子もさすがだよ・・・
でも・・・、ゆり子が真剣になりそうで心配・・・。

・・・で、当然、次に会う約束をしたのでしょう・・・」

男とゆり子の別れ際の話を聞いた珠子が盛んに感心しながらも、その男にゆり子が本気でおぼれ
るのを心配しています。 (2)
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(357) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/20 (金) 14:19
2170(2)


「うん・・・、
ケイタイは使わないと、彼が提案して、
私は、自宅の電話番号を教えた・・、

翌日、昼間、彼から連絡があった・・。
それから、ほとんど毎日のように連絡を取り合い、
一週間に二度ほどの頻度で抱いてもらった・・、

抱かれれば、毎回失神している・・・」

「エッ・・、失神・・、
私・・、経験がない・・・、うらやましい・・」

珠子が本当にうらやましそうな表情を浮かべています。

「そんな仲になっていて、三週間も連絡が来ないとは・・・、
彼・・、若い恋人ができたのね・・」

少し意地悪な気持になった珠子がからかい気味に言っています。

「違う・・、以前から女の影はいつも漂っていた・・、
香水の移り香だとか・・、ハンカチなどの持ち物・・、
他の女としたセックスの残り香でさえ、私は何度も嗅ぎ出していた・・・

彼の周りには何人もの女の影がいつもまとわり付いている・・。
彼は私一人のモノでも、奥さんのモノでも、
まして、何処のウマの骨とも判らないあばずれ女のモノでもないのよ・・・」

「へェ・・・、
ゆり子って案外心が広いのね・・、
でも・・、他の女達もゆり子と同じ気持だと、何故、断言できるの・・・」

「彼のモノとそのテクが素晴らしいからよ・・・、
そしてベッドの上では超人的に強いの、女が倒れるまで何時までも・・・。

あんな男は、一人や、二人の女を相手にして、満足するはずがない・・。
彼に抱かれた女は、みんなそのことに気づいているはず・・。

彼に抱かれている時だけ彼を独占できれば、私は満足・・、
多分・・、他の女も同じ気持だと思う・・・・」

「そうなの・・・、
そう言われると、反論できないね・・」

それから取り留めなく二人の話は続きました。ゆり子の憂うつの種は消えないものの、珠子に男
との際どい話を告白したことで、かなり気分は楽になったようです。カラオケレストランに来た
時とは見違えるような、朗らかな表情でゆり子は店を出て自宅へ戻りました。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(358) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/21 (土) 10:49
三日後、ゆり子と珠子、二人が例のカラオケ・レストランに現われました。

「ゆり子・・、どうしたの・・・、
すっかり調子を取り戻したね・・」

一曲、色っぽく、豊かに歌い切ったゆり子に、ほぼ満席に近い観客席から拍手が贈られています。
一旦腰を下ろしたゆり子が立ち上がり、丁寧に各テーブルに頭を下げています。

「判った・・、
彼に抱かれたのでしょう・・・。
そして・・、いつものように失神した・・・。
このスケベ・・、くやしい・・・・・」

「ウフフ・・・、
判る・・、昨夜・・、彼に呼び出されて・・・、
土手の森公園で・・、ほら・・、こんなに蚊に射された・・」

テーブルの陰でワンピースのスカートの裾をそっと持ち上げ、その部分を見せています。太股の
付け根までが露になり、薄いピンクのパンテイが見え、股間に近い部分に、二、三箇所、赤い腫
れが残っているのです。

「ヘェ・・・、アソコでやったの・・・・
それにしても、随分射されている・・・、
判った・・、マッパになったのでしょう・・

もっと上の方も・・、大事な所も射されていたりして・・、
アッ、そうか・・、それはないね、
アソコは別のものが突き刺さっているからね・・、
ああ・・くやしい・・・・・・」

珠子がそう言って、露になっている大腿部を思い切り、抓りました・・。

「痛い!・・」

ゆり子が大声を上げ、慌てて口を押さえています。幸い、カラオケの最中でゆり子の悲鳴を聞き
とがめる人は誰も居ませんでした。二人は首をすくめて、笑っています。

「ウフフ・・・、彼・・、久しぶりだったから情熱的だった・・・
何度も、何度も、私・・、気絶した・・・
最高だった・・・・・・・・
蚊に射されたのも後になって判ったほどだった・・・・。

蚊さえいなければ、愛しあうには公園は最高の場所よ・・
夜遅くなると、誰も来ないの・・・、
二人とも、生まれたままの姿に戻って、
大声を張り上げて、愛しあうのよ・・・・。

私・・、いつもは蚊取り線香とシートを用意して行くのだけれど・・・
昨夜は、久しぶりの連絡だから舞い上がってしまって・・・
つい、忘れてしまった・・。
全身いたるところを咬まれてしまった・・・、今でも痒くって・・・。

でも・・、蚊に刺された痒みよりも、
彼に突き抜かれた痺れが、アソコに残っていて・・・、
私・・・、幸せ・・・・ウフフ・・・」

「コノ・・ゥ・・、スケベー・ゆり子!・・」

珠子がゆり子の額をかなり強く叩いています。ゆり子が淫蕩な表情を浮かべ笑いながら、スカート
の裾を下ろしました。珠子も嬉しそうです。

「ネェ、ネェ・・、公園でどんなことするの・・?」

「聞きたい・・?」

「ウン、聞きたい・・」

「二人とも真裸になってネ・・・、
街灯に照らし出された道の上で、抱き会うの、
コンクリートの固くて、冷たい感触がたまらないの・・、

彼が私の両脚を思い切り拡げて、肩に担ぎ上げ・・、
アソコに齧り付いてくるの・・・
私は悲鳴を上げてアソコから、お汁を一杯吹き上げるの・・・」

「ああ・・、そんな・・・、
たまらない・・・」

「ウフフ・・、珠子、大丈夫・・?」

二人の女は額を突き合わせて、顔を真っ赤にして、ひそひそと話しています。他の人が歌うカラ
オケの声が響いていますが、猥談の世界に入り込んだ二人には別世界の出来事なのです。二時間
余り、二人の女はカラオケを忘れて、男達との体験を互いに披露して、猥談に花を咲かせたので
す。

そして・・、それから三日後、あの殺人事件が発生しました。(1)
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(359) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/22 (日) 11:13
2172(1) 

その日、ゆり子は圧村から呼び出しを受けていました。午前0時に、土手の森公園で、いつもの
ところで落ち合う約束をしていたのです。デート場所を公園にしようと、言い出すのはほとんど
の場合ゆり子で、圧村が公園を指定するのは珍しいのです。ゆり子が不審に思って問い質すと、
その日、圧村はゆり子の住む街で仕事の打ち合わせがあると彼女に告げました。打ち合わせが終
わった後、公園に徒歩で来るつもりだと言いました。

ゆり子は圧村の言葉を何気なく聞き流していましたが、後になって、『・・・○○街で仕事相手
と会うことになっている・・』と、言った圧村の言葉が重要な意味を持つようになるとは、その
時、ゆり子は夢にも思っていなかったのです。


指定された時間の20分前に、ゆり子は車を運転して土手の森公園に着きました。公園内には駐
車場はありません。公園へは車で来れない様になっているのです。森の中を貫通する一般道の路
肩に駐車して、ゆり子は圧村をそこで待つのです。徒歩でやってきた彼が車を見つけて、二人で
森の中へ入り、明け方まで愛し合うのがいつものやり方なのです。

その日、午前二時ごろまでゆり子は待ちました。連絡手段は無いのですから、ゆり子はただ待つ
だけでした。そして、その日、圧村はついに現われませんでした。以前にもすっぽかされたこと
があったので、仕事の関係で来れなくなったのだとゆり子は思いました。こんな時、圧村も心得
ていて、夜中にゆり子の家へ連絡してくることはないのです。

「健太・・、
圧村さんは来れないんだって・・・
帰ろうか・・・」

ゆり子が左手を伸ばしました。

助手席に座っていた茶色の柴犬が、ゆり子の気持を察してか、鼻を鳴らしながら、彼女の手を舐
めていました。


40歳を過ぎて、子供たちが独立して家を出た頃からゆり子は不眠症に悩まされるようになって
いました。眠れない夜、愛犬をお供に夜の散歩をするのがゆり子の習慣になったのです。最初の
内こそゆり子の夫、金倉武雄は、愛犬・健太と一緒に出かける妻ゆり子を心配して一緒に散歩に
付き合っていたのですが、朝の早い武雄は、何時しか彼女が出かけたのも、家に戻ったのも知ら
ないで寝ていることが多くなっていたのです。

そんな事情ですから勿論寝室は別にしていて、必用になれば・・、大体の場合ゆり子が動き出す
のですが・・、相手の寝室を訪問することになっているのです。

圧村と付き合うようになってから不眠症そのものは嘘のように消えたのですが、夜の散歩の習慣
は以前どおりつづけていたのです。その習慣が圧村と会う時間を作ることになっていたのです。


土手の森公園で発生した殺人事件は、地元では大きなニュースになりました。死体が発見された
現場はゆり子の自宅から徒歩でも行ける場所で、幼い頃からの遊び場所でもあったのです。

ゆり子の家から公園は行くには、正規の道を通るとかなり遠回りになるのですが、ゆり子の自宅
は森に接するように建っていて、自宅の裏口を出るともうそこは公園の森になっているのです。
地元の人しか利用しない獣道のような細い道を少し歩くと、舗装された散歩道にたどり着くので
す。

死体発見のテレビの一報に続き、その日の夕刊では死体の身元が判明し、都内の池袋に縄張りを
持つ輪島組の構成員、圧村和夫だと報じられていました。

ゆり子はその新聞記事を冷静に見ていました。死体の第一発見者の名前は報じられていませんで
したが、近くに住む主婦が早朝ランニング中に森の中で発見したと報じられていました。新聞で
見る限り、事件発生の前後、公園近辺で不審者を見たという記事はどこにもありませんでした。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(360) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/23 (月) 16:37
圧村との関係を誰にも知られていないとゆり子は確信していました。圧村はケイタイさえ使用し
ないほど注意していましたから、彼の遺留品からゆり子の名前が出ることないと安心していまし
た。親友の珠子にさえ圧村の名前を教えていないのです。このまま黙っていれば、圧村とゆり子
の関係はゆり子の思い出の中だけに残っていて、闇に葬り去ることができると、ゆり子は考えま
した。

変化を気づかれないように、普通の生活をすることにゆり子は努めました。さすがに、カラオケ・
レストランで珠子が恋人のことを話題に出した時は少し慌てました。

「一週間前に会った時、もうこれっきりにしようと、
彼から言い出した・・・」

「どうして・・、
お互い、気が合っていたじゃない・・
何かあったの・・」

「問い詰めたら・・、
彼の周辺を嗅ぎまわる探偵らしき人物がいたらしいの・・・、

彼の不倫相手は私以外にも居たから、
主人が派遣した探偵である可能性は低いけれど、
『ここらが、潮時だ・・・』と、彼は考えたの・・・、

彼は、素人相手にことを構えることを極端に嫌っていたから、
私との仲も、少し冷却期間をおきたいと言った・・」

いろいろ考えた末、ゆり子はこのストリーを作り上げて、聞かれれば珠子にそう説明するつもり
で準備していたのです。当然のことながら珠子はびっくりしていました。それでも、ゆり子夫妻
のことを考えると、不倫の関係は深みに嵌る前に精算するのが良い・・と、納得した表情を見せ
たのです。それ以来、珠子も気を使って恋人のことは話題にしなくなったのです。

ただ、事件発生から一ヶ月以上過ぎた今、ゆり子が気にしていることが一つあります。裏庭で放
し飼いにしている愛犬の健太が、あの事件以来、時々裏口を出て、公園に出かけることが多く
なっているのです。30分もすれば必ず戻ってくるので、ゆり子は勿論、健太が森へ遊びに行く
のを知っているゆり子の夫・武雄も特別関心を持っていない様子なのです。


ある日の朝、いつものように健太が裏口を出ました。ゆり子が健太の後をつけていくと、獣の勘
というのでしょうか、健太はあの死体のあった場所に迷わず行き着き、そこで、鼻を地面に押し
付けて、そこを去りがたい風情を見せるのです。勿論ゆり子はその訳を知っていました。


圧村と健太とは最初の出会いから何故か気が合っていました。ホテルでのデートだからと健太を
連れて行かないと、圧村は本気で不機嫌になるほどだったのです。公園での戯れの時は、二人が
全裸で激しく絡み会う側で、健太は満足そうな表情をして、二人の愛の飛沫が降りかかるほど近
くに寄り添っていたのです。そして、圧村の死体を最初に発見したのは健太だったのです。


あの日、約束の時間に圧村が現われないので一旦は車で家に戻ったものの、何かの都合で圧村が
遅れて来るかもしれない・・、あの人のことだからじっと朝まで待っているかもしれない・・、
そう思うと確かめないではいられなくなり、朝日が出るのを待って、健太と一緒に裏庭から森に
入ったのです。

健太の激しい鳴き声で側に寄ってみると、そこに圧村が倒れていたのです。急いで彼の手を握り
締めました。そのあまりの冷たさに思わずゆり子は手を引いていました。不思議にゆり子の瞳か
らは涙は出ませんでした。しばらくは彼の側に腰を下ろしていたのですが、次第に落ち着いてく
ると、そうしては居られないことに気がついたのです。

生きていれば、迷わずゆり子は救急車を呼んだと思います。しかし、愛人が明らかに息をしてい
ないことを知り、激しい心の葛藤がゆり子の中で始まっていたのです・・・。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(361) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/27 (金) 16:05
〈ここから逃げなさい・・、
そうでないと、あなたの人生はここで終わるよ・・〉

〈でも・・、いくらなんでもこのまま放置しておけない・・、
そんなことをすると・・、私は一生悩み続けることになる・・〉

〈では・・、いいの・・?
主人に不倫がバレて、その相手がヤクザで、こともあろうに死体になっている。

離婚だけではすまない・・、
ことと次第では警察に捕らわれることになる・・。
あなただけの問題ではない、主人や、子供どうなるの、
家族全員が被害を受けることになる・・。

今なら、誰にも気づかれずにこの場を逃げ出せる、
誰かに見つかったら、それで終わりよ・・、急ぎなさい!・・〉

もう一人の冷静なゆり子の説得が勝りました。ゆり子はゆっくりと立ち上がりました。遺留品と
指紋を残さないように慎重に調べ、その場を離れようとしました。

立ち上がり、元来た道へ戻ろうとした時・・、愛犬の引き綱を引く右手が引っ張られるのです。
健太が・・、その場を離れようとしないです。いえ・・、その時、ゆり子は圧村の意志が健太に
乗り移って、彼女を引き止めていると受け止めていました。

〈圧村さん・・、ゴメンナサイ・・・、
私・・、あなたを見捨てます・・、
許してください・・・〉

遺体に向かって、ゆり子は深々と頭を下げました。それまで堪えていた涙が一気に溢れ出ていま
した。

「健太・・、お前はしばらく、彼の側に居て上げなさい・・。
誰か親切な人が通りかかったら、後はその人にお任せして、
私のところへ戻って来るんだよ・・、

向うで、待っているから・・。
それまでは、私に代わって、圧村さんを守ってあげて・・」

声に出して、愛犬に伝えながら、ゆり子は引き綱のフックを外しました。健太は圧村の身体の上
に、自身の身体を乗せて・・、それはあたかも自身の体温で冷たくなった圧村を暖めているよう
な様子でしたが・・、ゆり子を見て、はっきりと頷いたように見えました。


遺体の側を離れ、森の中から出て、コンクリートで舗装された散歩道に上がり、更にその道を横
切り、自宅へ抜ける方向に向かって、森の中へ足を踏み入れ、散歩道から10数メートル離れた
時でした。

その時・・、軽快な靴音が遠くから聞こえてきたのです。急いで大木の陰に身をひそめ、散歩道
を見ると、白いランニングウエアーをつけたスタイルのいい女性が駈けて来たのです。

散歩道は朝日を受けて明るく照らし出されていて、白いランニングウエアーの女性が立ち止まった
のが、ゆり子からはっきり見えました。

ゆり子は木の陰から身体を少し出してその女性を見ていました。女性がゆり子のいる方向へ突然、
視線を向けました。『見つかった・・・』、ゆり子はあわてて木の陰に隠れながら、そう思って
いました。

二人の距離はそれほど離れていないので、通常ならその女性がゆり子の存在を知ることは出来る
はずですが、暗い色彩の衣服をまとったゆり子は森の闇に溶け込んで、女性からはゆり子が全く
見えないようです。女性は路上で手足の屈伸運動をしています、どうやら、ランニングをそこで
止め、しばらく休憩した後、来た方向へ戻るつもりの様です。
[Res: 2161] 一丁目一番地の管理人(362) 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/28 (土) 14:57

女性に気がついたのはゆり子だけではありませんでした。健太もゆり子より早く彼女の足音に気
がついていたのです。そしてその女性が圧村を助けてくれる人だと判ったのでしょう、圧村の身
体から飛び降り、女性に向かって駆け出していたのです。

ランニングをしていてここまで駈けて来た竹内敦子の目の前を健太は駆け抜けました。『後はお
願いします・・』、もし健太が口が効けたら、そう言っていたと思います。

健太の後ろ姿を見送り、そして、彼が森の中から出てきた方向に視線を移した敦子が圧村の遺体
を発見しました。木漏れ日が圧村の遺体をぼんやりと浮き上がらせていたのです。道路の中央に
立って、警察に電話をしている敦子をゆり子はじっと見つめていました。

「これで・・、圧村さんは救い出される・・。
さようなら・・・、本当にありがとうございました・・・・。
圧村さんのことは忘れません・・・・・」

ゆり子はそう呟いていました。彼女の瞳から涙が溢れて出ていました。

敦子が長い電話を終え、土手に向かって、駆け出したのを見届けて、ゆり子と健太は隠れていた
大木の陰から姿を現し、死体と敦子の後ろ姿に向かって深々と頭を下げ、自宅へ通じる道を辿り、
森の奥へ消えたのです。


それから10数分後、辺りは騒然としたサイレンの音に包まれました。ゆり子の自宅へもその騒
音は届いていました。寝室から眠気眼(ねむけまなこ)をこすりながら、ゆり子の夫・金倉武雄
が出てきました。ゆり子は台所に立って、朝餉の支度を始めていました。

「サイレンの音でしょう・・・、
何だろうね・・・?
公園の方から聞こえるけれどネ・・・」

夫の問いかけに、ゆり子は背中でそう答えていました。彼女の瞳に涙が溢れ出ているのを、勿論
武雄は気づきませんでした。

「何か事件かな・・・、
さて・・、どうしょうかな・・・」

武雄がそう呟きました。壁の時計を見て、もう一度ベッドに戻るか、洗面所に行くか、武雄は真
剣に考え込んでいるのです。彼の眠りを破ったサイレンのことをこれ以上究明するつもりは、彼
にはなさそうです。いつもと変わらない、金倉家の朝です。

朝日が差し込む広い庭に置かれた人一人は楽に住めそうな犬小屋の中で、健太は身体を長々と伸
ばして、うとうととしていました。彼は彼なりに、圧村と過ごした楽しい日々を思い出している
のでしょう。
[Res: 2161] 新しい章を立てます 鶴岡次郎 投稿日:2012/01/29 (日) 13:05
新らしい章を立て、新スレへ移ります。   ジロー